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      <title>東京ふつうの人新聞</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Tue, 01 Jul 2008 07:11:58 +0900</lastBuildDate>
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         <title>つい王道避ける癖 巡り巡った影日向</title>
         <description><![CDATA[<img alt="眼鏡店店員　檜野文さん" src="http://www.futsunohito.net/mainImg081.jpg" width="572" height="252" />



<p class="mtx margin">

上司の愚痴か転職、彼氏、彼女の話、いつも変わらない話題に花が開く。果てしなく続くような月曜日から金曜日、心身共にギリギリの毎日。「どうしてこんなになっちゃったんだろう」、なんて、自分を哀れんだりする。ごく一般のふつうの人には、こんな会話、時間が必ずあるのではないだろうか。眼鏡店勤務の檜野文さん（29）もそんなふつうの人の一人だ。その“ふつう”はどういう風にできたのだろうか。どんな“ふつう”でも、“ふつう”が生まれる過程にはふつうではないエピソードが隠れている。<strong>（文責：渡辺タケシ）</strong><br /><br /> 

「いらっしゃいませ」。お洒落眼鏡が取りざたされて久しい。勤務する眼鏡店ではフランス、デンマーク、ベルギー、スウェーデン等、海外ブランドも豊富に取り扱っている。本人の眼鏡はデンマークデザインだ。「<a href="http://www.monomagazine.com/">モノマガジン</a>とかの眼鏡特集をよく見ていて、眼鏡をしている人はかっこいいと思って就職した」。店頭にお客さんがいる時はキビキビと明るい笑顔で接客をする。来店したお客さんの顔に似合う眼鏡を探し出す提案型の販売スタイル。自分に似合う眼鏡がわからない、と悩むお客さんの悩みを解決するプロの面と、店頭にお客さんがいなくなるとミクシーや転職サイトをチェックする反面も持つ。「今の仕事は向いていると思う。あとは収入面が見合えばいい」。<br /><br />

小さい頃から王道を行く子どもではなかった。<a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%CB%A5%C3%A5%C1">ニッチ</a>を見つけてそこで存在をアピールした。「勉強はできたけど、学年トップとかはなかった」。小中学校ではバスケ部に属していた。細かい技は誰よりも出来たという。ただ、全体に入ると存在感を示せないタイプだった。「いっちょ、隙を狙ってやるかっていう考えがある」。目立ちたいがために中学校では生徒会長を務めた事がある。「中学校が一番モテた、と思う」。生徒会長という役割も、誰もやりたがらない位置に対して自分の場所を見つけた面もある。<br /><br />

高校は男子校だった。「女の子がいなくて張り合いがなくなった」。なえたモチベーションは、それでも不思議にニッチを見つけていく。放送部にて全国大会出場、高校生DJとして<a href="http://www.nack5.co.jp/index2.html">ナック５</a>に出演した事もある。それは、何か大きな目標の達成に向かって努力したのではなく、「校内新聞に自分の名前を載せる事に努力を注いだ」結果だった。<br /><br />

「とりあえずいい大学に入らなきゃいけない」。早稲田大学第二文学部（夜間）に進学する。とりあえず、で入れるところが檜野さんの学力の高さを表している。だが、この第二文学部が想像以上に個性的な学部だった。「オーロラ色の髪の毛のブラックジャックみたいな人、グッピーみたいな格好の女の人がいた。まず、まともな学生の年齢の人がいない」。「メジャーに戻りたい」。二年時に第一文学部に転入する。しかし、この転入はわざわざ自分の居場所を遠ざけたかもしれない。<br /><br />「推薦で入学した優等生ばかりで唖然とした。二文のままの方がよかったかと正直思った」。変わったのは「夜が昼になっただけだった」。ロシア文学を専攻し、一ヶ月間ロシアに留学したこともあるが「いわゆる名作はほとんど読んだことがない」。「興味がわかなかったし、めんどくさかった」。一年留年をするが５年間はあっという間に過ぎていく。<br /><br />

就職活動は卒業間際までしなかった。卒業後、３ヶ月間コーヒー店でアルバイトをした後、海外専門の旅行社に就職する。「興味がないところには就きたくなかったけど、興味がどこにあるかわからなかった」。旅行は以前から割と好きだった。入社後は添乗員としてアジア地域のツアーに添乗する。「一回目の中国は成功して、次のスリランカでこけて、トルコでこけて、またスリランカでこけて」。トルコでは自分が風邪をひき、その風邪を乗客達、含め、関係者にうつしてしまい、お客さんと大喧嘩をした。会社という全体で存在感を表せなかった。<br /><br />

干される。「どうやったら使い物になるのかみんな悩んでた」。会社側の対策はベテラン社員につけて一から叩き直すことだった。結果、檜野さんは急成長する。一度その場所で根が生えれば、木は伸びていく。添乗するツアーではお客さんは大満足、営業成績も社内で１番になった。が、油がのってきたかと思われてきた時に人事異動があった。「企画部にまわされた」。栄転と言っていい異動だったが自分の居場所が定着した時期にこの新しいステージがストレスになった。<br /><br />「企画に緻密性を持たせられなかった。新しい部署で後輩に負けてた苦しさも仕事を辞める原因だった」。退職する。「公務員試験を受けます」と言って退職した。先輩社員からは「いったん逃げると逃げ癖がつくぞ、と言われた」。<br /><br />

公務員試験はオールマイティー的な知識を求める試験に適正を見いだせなくなり、断念。バイトを始め、その日暮らしの生活に突入する。「下北沢なんかにライブを見に行ったりする生活だった」。再び就職を考えたのは今の彼女と付き合い始めた頃だった。「お金がなかった」。就職メッセで今の眼鏡店に出会った。<br /><br />

仕事に関して、「接客しかできない、って思う」。「旅行はツアーの時だけのお客様との付き合いだけど、店舗はお客様とずっと付き合うかたちになる。それは怖い事だけどおもしろいと思う」。お店では檜野さんを指名でいらっしゃるお客さんもいる。「添乗員時代に学んだことだけど、接客ってお客様に助けてもらうことの方が多い」。<br /><br />サービスは顧客満足のきっかけにすぎないのかもしれない。「プロとして失格なのかもしれないけど、お客様と持ちつ持たれつでする仕事が自分には嬉しい」。過剰なサービスを押し付けるのではなく、お客さんの心をくすぐり、一緒に楽しむ接客姿勢が人気の秘訣かもしれない。







</p>
<p class="fl mtx">でも、「転職はしない方がいいぞ、って５年前の自分に言ってあげたい」。行ったり来たりの影、日向の生活。回り道のエピソードが多い程、その人のふつうには面白味が加わる。そして、回り道をせずにはいられないのもふつうの人ではないだろうか。<br /><br />居場所はまだ定まっていないかもしれない。しかし、接客と言う道は決まったのかもしれない。匙だけは投げないで、その匙は胸に抱いて突入する30代。そして、果てしない月曜日から金曜日の後には、必ず日曜日が待っていた。





</p>
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<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><span class="bold"><img alt="ギター ギグパッカー" src="http://www.futsunohito.net/gig.jpg" width="80" height="114" />


</div>
<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold">ギター<br /><br /><span class="bold">（ギグパッカー）</span><br /></p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">ギターは何本か持っているが、一番最近購入したもの。コレクター的に購入してしまう。<br />






</p>
</div>


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<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>1978年12月3日生、埼玉県出身在中、埼玉県立春日部高等学校→早稲田大学第二文学部→同第一部転入→海外専門の旅行社→フリーター→眼鏡店<span class="orange">【星座】</span>射手座<span class="orange">【血液型】</span>A型<span class="orange">【家族構成】</span>父・母・兄<span class="orange">【趣味】</span>映画、ギター<span class="orange">【好きな食べ物】</span>からあげ<span class="orange">【嫌いな食べ物】</span>いんげん豆<span class="orange">【お気に入りスポット】</span>土手全般<span class="orange">【尊敬する人】</span>花井薫（漫画“バタアシ金魚”の主人公）<span class="orange">【好きなタイプ】</span>何事もある程度許してくれる人<span class="orange">【嫌いなタイプ】</span>細かい人<span class="orange">【子どもの頃の夢】</span>（漠然と）有名人</div>
<!-- profile end -->]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/07/post_79.html</link>
         <guid>http://www.futsunohito.net/2008/07/post_79.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 01 Jul 2008 07:11:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>元ニャ○まげ 攻めのサービス</title>
         <description><![CDATA[<img alt="劇団DMF制作 松本朱音さん" src="http://www.futsunohito.net/mainImg080.jpg" width="572" height="252" />



<p class="mtx margin">

女は山に登っていた。ただ、どうしても高い山に登りたくなった。「いつでも登れる」なんて思っていたら、あっといういまに一生は過ぎてしまう。だから、今登る。「大事なことはそのときにしなくてはいけないから」。<br /><br />

「こっちはプロ意識持って、明日死ぬと思ってやっとんじゃい！！」。<br /><br />

「劇団」というと必ず「趣味でしょ？」と言われることへの反発。<br />
松本朱音さん（26）、劇団で“制作”をしている。<strong>（文責：吉田直人）</strong><br /><br />

徳島県にあるのどかな町、長身で、母親の知り合いの関係でモデルをしたりしていた少女は目立つ存在だった。松本さんが歩けば町の男性たちが振り返る。「声かけられたりするのが面倒だった…」。モテて困るだと！？ぜ、贅沢な！！羨ましい、羨ましい。ずるい、ずるい。一生に一度でいいからそんなことで悩んでみたい（切実）。おっと私的な感情が漏れ出てしまいました。失礼。<br /><br />
そんな松本さんは高校へ進学すると、学業と並行して某芸能事務所に所属。初舞台を踏み、役者としての活動をはじめた。卒業後は、三重県にある「戦国時代をモチーフにしたテーマパーク」に就職し、ここで日本舞踊、剣舞、殺陣回り、着付け、礼儀作法、時代劇に必要なものを徹底的に習得。「朝6時に出社。ご飯の準備、洗濯、先輩たちの着付け。朝9時から夕方5時まで仕事をして、夜は稽古があり、帰宅できるのは日付が変わるころという生活でした。自分としては『水戸黄門』に出られると信じていたんです」と笑って話す。<br /><br />
テーマパーク内の公演に出演するほか、あの有名な“チョンマゲをつけたねこ”の着ぐるみも着たりもしていた。お客さんに「とびつかれる」だけでなく、着ぐるみ姿で馬にも乗っていたというのだから並の実力ではない。そんな大活躍だった松本さんがその会社を退社した理由は、仕事や稽古が過酷だったからではなく、会社のお客さんに対するサービス面の考え方に共感できなかったことが大きい。このころから観客に対するサービス精神は強かった。「いろいろ思うところがあって…」。理由はあるのだが、早い話が、ある日会社がなくなっていたというのが一番大きかった。<br /><br />
徳島へ帰り、アルバイトをしながらオーディションを受ける日々を送る。「自分ができる芝居、やりたい芝居と、求められる自分の実像に悩み、だんだん夢と本心がわからなくなった」。<br /><br />
上京したのは松本さん23歳のとき。上京して間もなく、アルバイト中に出会った男性と恋に落ちる。ところが彼は妻子持ちだった。雨の公園での別れ話。「ドラマのワンシーンのようだった」。<br /><br />
大失恋は彼女に新たな“オーラ”を与えてしまったのか。何も話していないのに、三田村邦彦さんから「事実は小説より奇なりだからね」と意味深な一言をいただく。<br /><br />

小劇場系劇団に入団。ところが、翌年に、劇団は解散してしまう。<br />
「身長も高くて目立つから、当時、人からは主役とかそういう役を求められた。でも私がやりたい役は違った。主役はいいのだけれど、ストーリーを追うことがメイン。私がやりたかったのは小さい役でも数をこなして、現場をまわらせる“バイプレイヤー”」。かたくるしい芝居はしたくなかった。自分の持っているものを伝えたい。「例えば「『ああ明日も頑張って働けるな』みたいな観た人に“気持ちのおみやげ”を持って帰ってほしいと思って演じていました」。<br /><br />
役者としての松本さんの、まわりからの評価は高かった。ときに“天才”と絶賛されるほどに。<br />
そんな彼女がなぜ役者をやめ、現在の「制作」というポジションで演劇と関わっているのだろうか。<br /><br />
「役者だと、お客さんにできるサービスに限界を感じて、いつも不完全燃焼だった。芝居をしている方は観客から愛情をもらっている立場だから、気持ちいいのは当たり前。じゃあそれをお客さんに、貴重な時間を割いて、お金を払って劇場に足を運んでくれたお 客さんに返せているか？って考えたら疑問に思えて」と話す。<br /><br />
「例えば、芝居を観にきたお客さんにとって、本番中はいいけれど、その前後、いきなりイン、アウトっていうのはつらいと思いませんか？」。<br /><br />
確かに、小劇場の公演に足を運んだことがある方なら、感じたことがあるかもしれない。公演終了後、狭いロビーや出口付近では顔見知り同士だけが仲良さそうに語り合っている。なんだか挨拶もしづらい雰囲気で、どこか居心地悪く会場から吐き出されるように出て帰路につく。さっきまでの“非日常感”も“感動”もどこか薄れ、余韻に浸る前に気持ちが醒めてしまうこともときにはある。<br /><br />「私は芝居を見終わったあとの“同窓会状態”がいやだった。そんななら客だしなんてしないほうがいいなって。そんな気持ちもあって、私は役者とお客さんの間で両者をつなぐ、サービスというかおもてなしができるポジションでいたいんです。本番前から帰るところまで楽しんでもらえるように」。<br /><br />
「おもてなしというのは、決して“黒子”じゃない。サービスというのは“攻めの姿勢”で自分自身をアピールすることも必要なんです」。松本さんの“座右の店”でありアルバイトもしている<a href="http://www.bagus-99.com/restaurant/kakurebo/oniwa.html">くずし割烹隠れ房御庭</a>（東京・新宿）。そこの先輩が、「おしぼりを渡して、料理の説明をするだけでお客の心をつかむ」姿を見て、そのことを再確認した。<br />
「こういうことは所属している劇団、<a href="http://www.dmf-web.com/"> DMF </a>での仕事も同じだと思っているんです。だけど、演劇はそれじたいが“攻め”のものだから、逆に、お客さんがホッとできる部分を作っていきたい」と微笑む。<br /><br />


劇団の「制作」の仕事は多忙。ときには、なかなか連絡がつかない劇団員もいるし。またあるときは、物販関係で、一人で50件分Tシャツを発送しなければいけないこともある。松本さんはそんな活動をしながらも派遣社員やバイトをかけもちして月35万円くらい稼ぐ。休みはない。そんな生活を何年も続けてきた。そんな彼女のふつうとは？<br /><br />

「ふつう…ですかぁ。昔、母に叱られるときによく言われたような気がするのは、人によってふつうは違うってこと。私にとっては、今の生活のように芝居が密にあり、お客様を第一に考えることが普通ですね。自分を好いてくれる人に誠意を尽くす。“お客様のために”みたいな感じかな」と話す。<br /><br />

「『ホームランを打って、世間が騒ぐようならまだまだだ』イチロー選手の言葉にこういうものがありますけど、“私にとってのふつう”が、他から見てもふつうになったときに、「劇団＝趣味でやっている」というイメージも払拭出来るような気がします」。<br /><br />
以前、役者さんの取材をさせていただいた際、日にちから当日の流れ、稽古場までの案内、飲み物まで…こちらが恐縮してしまうほど、細やかに対応してくれたのが“制作”の松本さんだった。劇場での公演というのは確かにできることと、できないことがある。今現在だって、各劇団、各公演、趣向を凝らして観客を楽しませてくれている。そんな中で、さらにできることはあるだろうか？松本さんの“おもてなしの精神” による戦いは続く。<br /><br />

松本さんは学生時代、山岳部に所属していた。しかし、彼女はお芝居の道に進むために大会出場を諦めたことがあった。仲間たちに引き止められながらも芝居の道に進むために。「今振り返って思うと、そのときしかできない大切なことってあると思う」。何年も経ち、大人になったある日、彼女はふいに登りたくなって山に登ったのだった。そこからはどんな景色見えたのだろう。それは彼女にしかわからない。何かを選びとということは、何かを捨てることかもしれない。誰もが葛藤の中、それぞれの道を選び、歩いている。<br /><br />






</p>
<p class="fl mtx">松本さんが選びとってきた「芝居」という道。それは決して軽いものじゃない。彼女の歩いてきた道が、そこから生まれる“攻めのサービス”が、劇場公演をさらに素晴らしいものに進化させていくことに期待したい。<br /><br />
今までお芝居を観たことがない人でも気軽に入れて、帰り道までドキドキ、ワクワクが続く…劇場が、これからもずっと素敵な場所であるつづけて、より多くの人びとにとって身近な “おたのしみ”の空間になる日を目指して。<br /><br />
そしたらいつか、“役者”の姿も拝見させてくださいね！ ね？ね？？松本さん！！






</p>
<!-- zayu Start -->
<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><span class="bold"><a href="http://www.bagus-99.com/restaurant/kakurebo/oniwa.html"><img alt="くずし割烹隠れ房御庭 新宿区新宿" src="http://www.futsunohito.net/GSC_0377.jpg" width="80" height="114" />








</a>

</a>
</div>
<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold"><a href="http://www.bagus-99.com/restaurant/kakurebo/oniwa.html">くずし割烹隠れ房御庭</a><br /><br /><span class="bold">（東京・新宿）</span><br /></p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">“御庭”は、毎日行きたい、特別な時にも行きたい、そんな店。ほんとに大好きなお店です。とくに、スタッフの高橋剛さんの接客、サービスは素晴らしいですよ！






</p>
</div>


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<!-- profile Start -->
<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>1981年6月27日生　徳島県徳島市出身　東京都中野区在住 徳島市立国府中→徳島県立城西高→某戦国時代をモチーフにしたテーマパーク勤務→役者→劇団DMF制作<span class="orange">【星座】</span>かに座<span class="orange">【血液型】</span>A型<span class="orange">【趣味】</span>人間観察、料理と酒のうんちく集め<span class="orange">【お気に入りスポット】</span>「くずし割烹隠れ房御庭」（東京・新宿）<span class="orange">【好きなタイプ】</span>出世欲を持ちつつ、素直で無理をしない健康な人<span class="orange">【嫌いなタイプ】</span>人の話を聞かない人<span class="orange">【尊敬する人】</span>「御庭」の高橋さんと渡辺支配人<span class="orange">【好きな食べ物】</span>旬のもの、日本のもの<span class="orange">【嫌いなもの】</span>とにかく愛情が入っていないまずいもの<span class="orange">【座右の銘】</span>6割で頑張る<span class="orange">【子供のころの夢】</span>芸能人<span class="orange">【好きな芸能人】</span>SMAPの中居正広さん
</div>
<!-- profile end -->]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/06/post_77.html</link>
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         <pubDate>Mon, 23 Jun 2008 06:10:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日本の女性は 美しい</title>
         <description><![CDATA[<img alt="趙偲宇" src="http://www.futsunohito.net/mainImg079.jpg" width="572" height="252" />


<p class="mtx margin">

インターナショナル化が進み、留学する日本人も増えたが、日本にも外国人が増えた。仕事、学業、バカンス、亡命……、理由は多々ある。趙偲宇（ちょう・しう）、中国遼寧省出身、２６歳。彼女の場合はどうだろうか。「日本の女性は美しいと思います。着物を着たときのうなじ、足首の見せ方とかセクシーだと思う。そういうとこに気付いている日本人は賢いと思います」。日本に憧れて渡日してかれこれ６年、日本語も流暢だ。ときどき日本語の語彙を探す間があったり、イントネーションに四声の影響があるのがチャーミングだ。<strong>（文責：保科時彦）</strong><br /><br />
肩書きは美大の院生。建築科でユニヴァーサルデザインを研究している。もともと油絵が好きなのだが、それでは食べて行ける保証もないので、建築科を受験。将来は少子高齢化が進む中国で老人ホームを設計したいという。「高校の頃に中国の美大の研究室で見た建築雑誌（<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%BB%BA%E7%AF%89">新建築</a>）が日本のもので、日本の建築に憧れました。それで卒業後は日本で勉強したいと思いました」。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E6%9D%B1%E8%B1%8A%E9%9B%84">伊東豊雄</a>など、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%B3#.E5.BB.BA.E7.AF.89.E3.83.BB.E3.83.87.E3.82.B6.E3.82.A4.E3.83.B3">ポストモダン（脱構築）系</a>の建築や民家が好きだということだが、個人的な意見としては是非他の国の建築も見てほしい。<br /><br />

彼女は二十歳で日本の土を踏んだ。初めての外国だ。「２年間語学学校で日本語の勉強をしました。来た時は全く話せず大変で、女子美に入ってからもしばらくは授業についていけなかったです」と当時を振り返る。美大は他の学問に比べて、語学が多少拙くともなんとかなる学問だが、それでも閉鎖的な日本人の女子大の環境で馴染んでいくのはけして容易ではないはずだ。ところで何故女子大を選んだのだろうか。そもそも女子大というものの現代における存在理由がよく分からない私としては是非聞いておきたい。<br /><br />
「女子美の学生は礼儀正しいというイメージがあって、理想的な日本女性が多いと思いました」。かなり日本女性の評価が高いようだが、日本人の男性についてはどう思っているのだろうか。「あまり好みではない。中国人男性の方が男らしいと思う。女性もそうだけど、軽い部分があると思う」という。<br /><br />
そんな彼女の恋愛観は確かに堅い。「基本的に結婚を前提に付き合います。とり合えず付き合うことはしません。相手のことをよく知って、間違いないなと思ったら付き合います。これは中国人の一般的な考え方だと思います」。現在までに彼氏と言える彼氏は一人とのことだ。高校時代に告白されて付き合ったようだが１年で破局したとのこと。デート現場を親に目撃されて怒られたこともあるという。「一人っ子政策の影響で中国の親は過保護なんです」。確かに中国では現在少子化で過度の愛情と金銭を与えられている“小皇帝”と呼ばれる子どもが増えて、情操教育上の問題もあるのだ。そうは言っても滞在６年、渡日当時とは変わったこともあるはずだ。<br /><br />
「日本に来て前より女らしくなったと思います。でも恋愛の考え方はあまり変わってないですね。自分から男の人を好きになることはありませんし、好きなっても自分からは特に積極的には行動しません。話す時に優しくするとか微妙なニュアンスを出すことくらいです。直接は言わないけど感じ取ってほしいです。女性から告白すると立場が不利になるので、男の人から言ってもらいたいですね」。<br /><br />
将来は中国で働きたいという偲宇さん。「勉強なら日本の方がいいけど、住むなら中国の方がいい。私的な時間と仕事の時間とのバランスが中国の方がいい。日本人は働き過ぎだと思う。結婚しても当然働きたい。家事だけじゃ今までの勉強はなんだったんだと思ってしまう。外の世界も知って、自分の世界も持つ」。<br /><br />

偲宇さんは若いころの記念としてラボで自分の写真を撮ってもらうことがあるそうだ。妖艶な佇まいと鮮やかな色彩を放つ写真を見せてもらった。その美しさもさることながら、自分の美をモチーフに芸術作品を作る個性は強烈だ。「男の人に見せるのはちょっと恥ずかしいけど、女の子には、『どう？どう？』って聞くかも」。<br /><br />
そんな天真爛漫な彼女にとってふつうとはなんだろうか。「友達がいっぱいいて、周囲に馴染んでる人。私は馴染んでないので馴染みたいと思う。先生にはお嬢さんなところをなくさないとダメだと言われました。自分を超えるのが一番難しい。素敵でふつうな人になりたいと思います。もっと経験値を積んで自分の世界を広げたい」。




</p>
<p class="fl mtx">現在仲良くしている友人はそう多くないという偲宇さん、これからもっと積極的に外に出て、色んな人と接していけば価値観もどんどん変わっていくと思う。自分の価値観は大切なもので、周りに流されて見失ってもいけないが、価値観が変わるということは成長の証でもある。<br /><br />

若いうちの価値観なんか何度壊してもいいと思うのだ。自分のコアはそのままで価値観をちょっと脱構築して、ずらしてみてはいかがだろうか。





</p>
<!-- zayu Start -->
<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><img alt="閻萍の絵" src="http://www.futsunohito.net/%E8%B6%99%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E5%A5%BD%E3%81%8D%E3%81%AA%E7%B5%B5.jpg" width="80" height="114" />







</a>

</a>
</div>
<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold">閻萍の絵</span><br /></p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">趙さんの好きな絵<br /><br />






</p>
</div>


<!-- zayu end -->
<!-- profile Start -->
<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>１９８２年２月１７日、２６歳　中国遼寧省生まれ、東京都中野区在住　遼寧省凌海市の小学校→第一初級中学→第二高級中学→渡日→日本語学校→女子美術大学芸術学部デザイン学科環境コース→同大大学院美術研究科デザイン専攻修士課程１年在学中<span class="orange">【星座】</span>水がめ座<span class="orange">【血液型】</span>Ａ型<span class="orange">【家族構成】</span>父母<span class="orange">【趣味】</span>バレエ<span class="orange">【好きな食べ物】</span>日本の煮物<span class="orange">【嫌いな食べ物】</span>脂っぽいもの<span class="orange">【お気に入りスポット】</span>中野<span class="orange">【尊敬する人】</span>母、女子美の先生<span class="orange">【座右の銘】</span>温故而知新<span class="orange">【好きなタイプ】</span>頭が良くて仕事できて優しい人<span class="orange">【嫌いなタイプ】</span>出来もしないことを出来るという人<span class="orange">【子どもの頃の夢】</span>幼稚園の先生
</p>
</div>
<!-- profile end -->]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/06/post_78.html</link>
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         <pubDate>Sat, 14 Jun 2008 13:41:20 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>木のぼり男爵　みんな愛してるよ</title>
         <description><![CDATA[<img alt="エムズ・ファクトリー 役者兼焼肉番長　高山晶三" src="http://www.futsunohito.net/mainImg078.jpg" width="572" height="252" />



<p class="mtx margin">

<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8E">イタロ・カルヴィーノ</a>著「木のぼり男爵」。主人公は家族から出されたカタツムリ料理を食べる事を拒否し、木に登る。木に登ったままその生涯を終えるが、陸地では見えなかったものを見、作れなかった関係を作る。アルバイトをしながら役者、タレントとしての活動をしている高山晶三さん（33）の好きな本だ。在日韓国人３世である彼は、先天的な木のぼり男爵だといえる。「証明書上は韓国人、韓国に行けば日本人。どちらもオレの土地じゃないって思った」。意図して登ったわけではないこの木の上で高山さんは何を見て、どんな関係を作っていったのか。<strong>（文責：渡辺タケシ）</strong><br /><br />

所属芸能事務所（株）エムズ・ファクトリーの<a href="http://www.ms-showbiz.co.jp/prof/o.html">プロフィール</a>には“昔、実家が焼肉屋だった為、焼肉番長と呼ばれ、彼が作る韓国料理にはファンが多い”と書かれている。役者業の傍ら、様々なイベントにおいて料理の手腕も発揮する。焼肉をはじめ、韓国料理はもちろん、焼き鳥、海鮮丼、ホットドック。手作りならではの良心的すぎる価格で、会場を別のアプローチで盛り上げる。「何でも普通であっちゃいかんと思う。養成所に通って役者になるとかじゃなくて、違う視点から挑戦したい」。それは本心だと思われるが、役者としての道を辿る時、他の人と同じではいけないという危機感の現れでもある。<br /><br />

「君は天才だね、ってよく言われる」。小学校の時から映画が好きだった。小学校６年生の時に西遊記で迷わず悟空役に立候補し、結果、校長先生方一同から喝采をうけ、「将来は役者になろう」と決めた。高校を卒業してすぐ神奈川の工場に就職したが、それは上京の糸口にすぎなかったのかもしれない。「役者になりたい」。「とりあえずモデル事務所に履歴書を出そう」。だが、結局採用はなかった。テレビ局で働けばコネが出来るのではないかと思い、テレビスタジオの電飾の会社でアルバイトする。撮影で一緒になったモデルの人に「僕、モデルになりたいんです」と、唐突に声をかけた結果、履歴書では拒否されたモデル業界は入り口は簡単に開いた。<br /><br />

はじめの事務所では広告モデルの仕事が多かった。高山さんのこの時のパワーはもっと上を目指していた。ある広告の撮影で大手芸能事務所オスカープロモーションの人に出会う。「オスカーにいきたい」。紹介を取り付け移籍に成功する。「仕事はないよ」と言われていたが、移籍直後立て続けて仕事をとってくる。<br /><br />

「君は何者なんだ、ってよく言われてた」。“アートネイチャー”、“ドコモ”、“積水ハウス”、名だたる大企業のCMに抜擢される。「深夜のテレビに自分が出てくる出てくる」。この頃、目黒の「虎の穴」という焼肉店でアルバイトもしていた。当時の「虎の穴」は90年代後半の旬な芸能人はほとんど来ていた。「みんなオレが焼いた肉を食べて育ったと言ってもいい」。多くの事業家も来店したが、度々、先の言葉を投げかけられる。「君は、すごいね。君は、何かしているのか」。全身からギラギラしたパワーが溢れ出していた。<br /><br />

あまりあるパワーは、また、違う挑戦を求める。「CMは楽しかったが、広告モデルに飽きてきた」。「演技をしたい」。事務所を辞めてフリーになる。「虎の穴」も辞める機会にお客さんに誘われて共同経営者として自分の店を立ち上げる。昼間は自分自身の営業、タレント業、夜は自身の店に立つ。そして十何時間も働いて「意味もなく、帰ってきてから走ったりしてた。日本中で一番がんばってる自信があった」。<br /><br />

「今でも忘れられない2000年1月5日」、帰省中に突如全身がしびれて呼吸困難な状態になる。今までの生活がたたった。東京に戻っても目が回って歩けない状態が続く。「なんて自分って弱いんだと思った」。体調の悪さはすぐには治らなかった。生活があるのでアルバイトも仕事もしていたがどうにもならない。<br /><br />

「韓国へ行こう」。ある日、ふと思った。東京が生き苦しかった。環境を変えたい。また、自分としてのルーツを探る意味でも。そして、新しい挑戦の為に。日本に帰るつもりはなく、片道の切符だけをもって飛行機に乗り込んだ。「今考えると天国と地獄を両方味わった旅だった」。前半はいろんな人にであったり、助けられたりして天国だった。後半が地獄だった。神は高山さんを放っておけないのだろう。ひょんな偶然でソウル大学語学研究院に入ってしまう。<br /><br />「京都大学とかスタンフォードの学生と一緒に全て英語の授業をうけるんだけど、これはつらかった」。なんとか学校は卒業したいとの思いで、卒業までこぎつけるが、卒業した時点で高山さんのパワーは尽きていた。日本に帰ってくる。「帰った時には後悔していた。けど、韓国生活を続けられる状態ではなかった」。<br /><br />

日本に帰ってきて程なくして結婚をする。役者として高山さんに期待を向ける人からは反対の声もあった。「人生を変えたかったし、役者としても結婚することが必要なんじゃないかと思った。今からオレがトヨエツになれないし、人と違う道を辿るべきだと思った」。現在、二人目の子供が誕生したばかりだ。<br /><br />

「二人目の子供が生まれて、より子供が愛おしく思う。このまま役者を続けても３年経って変わらないかもしれないと思うと、役者を辞めた方がいいのかとも思う」。生きていくということは大事なものが増えていく事と同じかもしれない。それをしがらみと言う人もいる。




</p>
<p class="fl mtx">高山さんのパワーはこれからどこに向かっていくのか。知人からは「１本にしないと成功するのは無理だろう。パワーをいろいろな事に使い過ぎだ、って言われる」。<br /><br />

でも、「オレはすべてがうまくいって、周りもうまくいってほしい」。家族も、役者業も、料理も、捨てられない。うまくいくかどうかは「自分を信じられるかどうかだと思う」。演技には演者の生き様が反映される。生まれながらにして木の上にいる男爵。男爵は、まだ木から降りてこない様子だ。




</p>
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<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><img alt="today　ホンダ" src="http://www.futsunohito.net/today.jpg" width="80" height="114" />





</a>

</a>
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<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold">ホンダ“today”</span><br /></p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">鉄の馬だね。<br /><br />






</p>
</div>


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<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>1974年7月8日生、東京都世田谷区在中、山口県出身→山口県立小野田高等工業学校→市光工業→ゲン企画→<a href="http://www.oscarpro.co.jp/index.html">オスカープロモーション</a>→フリー→ヒロキ企画→<a href="http://www.ms-showbiz.co.jp/">（株）エムズファクトリー</a><span class="orange">【星座】</span>蟹座<span class="orange">【血液型】</span>O型<span class="orange">【家族構成】</span>嫁・子供２人<span class="orange">【趣味】</span>料理<span class="orange">【好きな食べ物】</span>かき<span class="orange">【嫌いな食べ物】</span>パクチー<span class="orange">【お気に入りスポット】</span>皇居の周り<span class="orange">【尊敬する人】</span><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%83%E8%A2%8B%E5%AF%85%E6%B3%B0">布袋寅泰</a> <span class="orange">【座右の銘】</span>やさしさ<span class="orange">【好きなタイプ】</span>信心深い人<span class="orange">【嫌いなタイプ】</span>ずぼらな人<span class="orange">【子どもの頃の夢】</span>兵隊<br /><br />
<span class="orange">【出演情報】</span> 
ファイザー製薬　ショートムービー→近日webにて公開<br />
タカラトミー“人生ゲーム”CM→商品発売後１年（6月発売予定）<br />
</p>
</div>
<!-- profile end -->]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/06/post_76.html</link>
         <guid>http://www.futsunohito.net/2008/06/post_76.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 07 Jun 2008 13:59:35 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ふつうの人間が 写真家やってる</title>
         <description><![CDATA[<img alt="mainImg077.jpg" src="http://www.futsunohito.net/mainImg077.jpg" width="572" height="252" />


<p class="mtx margin">写真家・渡辺夏子さん（21）は、自分が芸術性の高い人間ではなくふつうの人間であると言い切る。１４のとき一眼レフのカメラを自分も手にして以来、手放すことはない。今では<a href="http://www.otgbanashi.com/">おとぎ話</a>をはじめ、数々のバンドのライブ写真を貪欲に撮る写真家兼普通の大学生だ。<strong>（文責：富永玲奈）</strong><br /><br />

シャッターは直感で押す。大学の講義で学んだ写真理論が邪魔をして直感が鈍ることもあるが、そういう時は深く考えないようにしている。「一番いいのは無意識に撮ったもの」。それは写真を撮る場数を踏んで生まれた主張なのだろう。写真はアートと結びつくことが多いが、難しいことを退け無意識を大事にする夏子さんは、自分がふつうであることをむしろ武器にして写真を撮っているような印象を与える。凡人コンプレックスと自称する彼女を通して見えてくる「ふつう」とはどんなものなのだろうか？<br /><br />

千葉県で生まれ育った夏子さんは、両親の仕事の都合で中学時代、静岡県の片田舎で過ごした。学年全員で８０人ばかりの小さな学校。都会で育った彼女にとって、この田舎は異質なものに映った。山と川しかなく、学校のみんなとも話が合わない。「悶々としてました。つまらない」。しかしやることも他にないこの環境のおかげで彼女は大好きな音楽や写真に没頭することができたと振り返る。<br /><br />
中学２年のとき夏休みに写真を使ったカレンダーを作ったところ、美術の先生に褒められたけれど、それを仕事にしようとはまさか思ってもいなかった。それよりも<a href="http://www.emimusic.jp/ringo/ringonouta/flash/index_j.htm">椎名林檎</a>を聴いてロックに目覚め、写真よりも音楽のほうが好きだった。「音楽やる人になりたいと思ったけれど、ならないだろうなっていうのがどこかにあった」。それもあり、違う方向に自分を持っていこうとしたが、それが写真だとはまだ意識すらしなかったという。おそらく写真以外にもまだまだ色々な可能性が広がっていたからだろう。<br /><br />
退屈な田舎に耐えられず、高校で千葉に戻った。真剣に将来のことを考えたとき思った。「音楽が好きだから自分の得意なもので音楽に携わりたい」。そこで浮かんだのが写真だったという。それでも高校ではバンドを組んでオリジナル曲を２つ作ったが、自分は絶対に音楽に向いてないと夏子さんは確信。「すごく恥ずかしかった。絶対続かないって。根拠はないけれども、なぜか写真には自信があった。写真は恥ずかしくないし、続くな、と」。<br /><br />
写真家<a href="http://www.a-chang.jp/">A-chang</a>に積極的にコンタクトを取ってみたのも高校時代だ。直接会って自分の写真を見てもらったという貴重な体験をしてさらに、自分とは切り離された、漠然と遠いと思っていた写真業界がぐっと近づいたという。「自分と写真の世界が初めて繋がった出来事だったかもしれません。できるかもって思いました」。<br /><br />

バンドや写真に精を出した高校時代だったが、それだけではなくちゃんと学業にも励んでいたというあたり、普通の高校生をしていたのだなということがわかる。「ふつうに大学にも行きたかったし」。もうすでにやりたいことが決まっていたにもかかわらず、夢にまっしぐら、というよりも「ふつう」を守りつつも思慮深くちゃんと自分のやりたいことをおざなりにしないしっかり者な夏子さんが見え隠れする。<br /><br />

大学で入った音楽サークルで、世界の見晴らしがぐんと広がった。音楽の話ができる友達に出会うこともできたし、個性的で思い思いに表現したり音楽を鳴らす人たちとの交流は刺激的で楽しい、と嬉しそうに話す。しかしそこで出会ったバンドのライブに足を運び、写真を撮って最初に味わったのは、意外なことに「がっかり」。「撮るの下手くそで（笑）。どーんと落ち込んだ。『撮った写真見せてね』と言われても、見せられるものが何もないくらい下手で」。現像するたびに落ち込む日々がしばらく続いた。それでも撮り続けたのは「辞めたら恰好悪いから」。やってやろうという気持ちは今でも続いている。<br /><br />

「写真ってアートっぽいから凡人の私にそんなことできるのかっていうのがあって、『写真家です』って名乗るまでに自分の中で戦いがあった」。ライブの写真を撮り始めたのと同じ頃、夏子さんは写真家・<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E4%BD%B3%E4%BB%A3">梅佳代</a>が撮る日常の中のユーモアな瞬間を切り取ったような写真と出会う。「梅佳代おもしろい！誰でもわかるような、こんな面白い写真がどうして評価されないんだろうってずっと思っていたら２年後くらいに有名になって。『あ、やっぱりこういうの認められるんだ』っていう自信がついた。被写体がアートっぽくなくて見る人と共感できる写真って凡人のセンスが大事だと思うんです。これでいいんだな！って思いました」。<br /><br />
それがきっかけで夏子さんは自らを「写真家」と名乗ることを決意。写真家と名乗れば、どんな写真も作品として見てもらえることがわかり、写真家と名乗る責任を感じたという。それまでは評価される写真のよさがわからなくて、きれいな写真とか、撮れても自分は満足しないだろうと漠と思っていた。それだけに、凡人な自分の感覚を武器に写真家として活動をしていこうと思えたと話す。<br /><br />
「私ふつうの人間だから。芸術性の高い人には、芸術的な作品を任せる。私は無理だから、ふつうの人にもわかるような感覚の写真を発表していきたいな。アートわかんないよ！みたいな人の感覚で」。<br /><br />
ふつうに会社で働けるような人、社会的に生きていける人、そんな人を夏子さんはふつうの人だと定義する。同じ年齢の人たちは来年から新社会人として働きだすが、彼女は写真に専念する生活を選んだ。




</p>
<p class="fl mtx">
「ふつうの人の感覚は、もしなくしたくても、なくならないと思うんです。写真をやってなかったら？何かしら表現する人でありたいけど…でもやっぱりふつうに働いてるだろうな」。<br /><br />
武器はふつうであること。そう言い切れてしまうことはむしろとてもユニークだ。写真を撮り続ける彼女のふつうが他愛のない日常のふつうにフォーカスを当てたとき、そこに写し出されるものはきっと、「背伸びも気の衒（てら）いもない最も生き生きとしているふつう」に違いないはずだ。</p>

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<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><p class="mtx clear"><span class="bold"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4898152155?ie=UTF8&tag=futsunohitone-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4898152155"><img alt="梅佳代 男子写真　リトルモア" src="http://www.futsunohito.net/%E7%94%B7%E5%AD%90.jpg" width="80" height="114" />














</a>

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</div>
<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4898152155?ie=UTF8&tag=futsunohitone-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4898152155">男子</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=futsunohitone-22&l=as2&o=9&a=4898152155" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br />
<span class="bold">（梅佳代  リトル・モア）</span><br /></p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">誰にでも勧められる写真集


</p>
</div>
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<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>１９８７年３月１７日生 千葉県出身・在住私　立鷺沼小学校→静岡県立中川根中学校→千葉県立検見川高校→明治学院大学文学部芸術学科在学中<span class="orange">【血液型】</span>A型<span class="orange">【家族構成】</span>父・母・兄２人姉１人<span class="orange">【趣味】</span>音楽鑑賞<span class="orange">【好きな食べ物】</span>豆<span class="orange">【嫌いな食べ物】</span>レバー<span class="orange">【お気に入りスポット】</span>冬のひと気のない幕張の海<span class="orange">【尊敬する人】</span>家族全員<span class="orange">【座右の銘】</span>直感を大事にする<span class="orange">【好きなタイプ】</span>自分がある人<span class="orange">【嫌いなタイプ】</span>人をバカにする人<span class="orange">【子どもの頃の夢】</span>うさぎ→ケーキ屋さん<br /><br />

<span class="orange">【告知】</span>渡辺夏子・個展開催
<br />２００８年８月１３日～２４日（月曜休） 百音（高円寺）<a href="http://www.cafemone.com/">http://www.cafemone.com/</a> <br /><br />
<span class="orange">【ここで写真が見れます】</span>「Flicker」<a href=" http://www.flickr.com/photos/ntk0317/"> http://www.flickr.com/photos/ntk0317/</a>



</div>
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]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/06/post_74.html</link>
         <guid>http://www.futsunohito.net/2008/06/post_74.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 01 Jun 2008 13:28:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>多くの若者を 幸せにしたい</title>
         <description><![CDATA[<img alt="多くの若者を 幸せにしたい　平野真悟さん" src="http://www.futsunohito.net/mainImg076.jpg" width="572" height="252" />



<p class="mtx margin">出会った頃はドレッドヘアーにダボダボの服に身を包み、どこからどう見ても流行の先端を駆け抜けるダンサーにしか見えなかった。一言で彼を表現するならば音楽とクラブがあればお腹いっぱいという若者。３年後、私は彼に再会をする。再会した彼は昔の面影はすっかり消え、「何か楽しいことを一生やり続けていけることはないか」と模索し続ける好奇心旺盛な青年になっていた。それでも今も昔も変わらぬ物腰さと優しさは、見るものをほっとさせるに違いない。<strong>（文責：須藤エナ）</strong><br /><br />

今年、平野真悟さん（２４）は、内定社懇親会で出会った相方と<a href="http://www.creativeshowcase-r.com/"> RAMP（＝若者文化の交差点）</a>という映像やパフォーマンス集団を紹介する団体を立ち上げた。この団体の中には実際、プロとして活躍している人も多い。ただプロといっても世の中にはまだまだマイナーなもので例えば世界で行われているヨーヨーや一輪車大会での優勝者といったところだ。<br /><br />

彼らはプロといえばプロだが実際、大会で優勝したからといって飯が食えるほどの賞金はもらえない。真悟さんはこういう人達を映像で紹介し、もっと社会に知ってもらいたいという。<br /><br />

さらに彼は<a href=" http://jp.youtube.com/eizoumeishi ">エゾメ</a>という若者の手で才能のある若者を世に出したいというコンセプトのもと、映像クリエーターと若手アーティストの映像名刺制作事業も展開している。これは金儲けというより社会貢献的な意味合いが強く、頑張っている若者がもっと社会で発表出来る機会があればという思いから立ち上げたものだ。<br /><br />
真悟さんは「小さい頃の夢を今も持ち続けている人は少ない。それをずっと諦めないでやり続ける人をサポートし様々なジャンルで活躍している人を知ってもらいたい。そしてそれに対する対価を得たい」と。「いつかは若者に対して価値観養成学校を作って意識改革ができたらな」と夢は膨らむ。<br /><br />

公務員の家庭に生まれた。幼少期は“切れやすい子”でケンカをしない日はなかったという。そのため周りの友達が寄ってこなくなり自分の性格を改めた。中学では小学校の苦い経験からまじめになろうと学級委員に自ら立候補し成績も優秀だった。中学時代の友達は不良からまじめな人までと幅広く、どんな人とも仲良くなれた。<br /><br />

高校に入り成績は落ちたが部活は頑張ったという。バンドを組みたかったので楽器に触れられる吹奏楽部に入り３年間やり遂げた。しかし県大会で優勝するぐらい実力のある部にいたのでなかなかバンド活動に専念できなかったという。<br /><br />

大学では法律学部で日本の政治について学びたかったが落ちてしまい、立命館という名前に惹かれて今の学部を受験した。希望の学部に入学出来なかったこともあり、在学中は勉強そっちのけでダンスに明け暮れたという。しかし将来はダンスでは食べていけるほどの実力は自分にはないと悟り、それよりもビジネスに興味を持った。<br /><br />

「ダンスで頑張っていた４年間があるからこそ今の活動でも何か夢中になっている若者をサポートしていきたいと思える」と。好きなことを生涯やり続けられる人はここ日本ではどれくらい、いるのだろうか。大多数の人は何らかの理由により続けたくても続けられない状況にいるに違いない。



</p>
<p class="fl mtx">
真悟さんは「若者の意識改革をしていけば世の中がもっと良くなっていくと思う」と繰り返し語り、「ふつうとはその人の認識次第だと思うけど一般的には常識と呼ばれることだと思う。自分の認識にはそれはあんまりないけど」と苦笑した。<br /><br />
彼の目指す「意識改革」によって多くの若者が夢を持ち続けられる環境がもっと日本に増えることを願いたい。<br /><br />
そして何年後かに彼の建てた学校から力強いエネルギーを放つ様々な若者が日本社会を支えるようになったらどんな未来になっているのか今から楽しみだ。
</p>

<!-- zayu Start -->
<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><p class="mtx clear"><span class="bold"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480863303?ie=UTF8&tag=futsunohitone-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4480863303"><img alt="金持ち父さん、貧乏父さん　 筑摩書房" src="http://www.futsunohito.net/41QW070X4CL._SL500_AA240_.jpg" width="80" height="114" />













</a>

</a>
</div>
<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480863303?ie=UTF8&tag=futsunohitone-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4480863303">金持ち父さん貧乏父さん</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=futsunohitone-22&l=as2&o=9&a=4480863303" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br />
<span class="bold">（ロバート キヨサキ 著, 白根 美保子 翻訳)）</span><br /></p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">世の中にはお金に働かされている人間、と時間をきりうりしてでも自分がお金を生み出せる人間がいると思う。自分の成果によって金が得られるのなら多少、今の時間を投資しても働く。それによって将来が見合えば最初は金がなくても頑張れるということをわからせてくれた書物なので。



</p>
</div>
<!-- zayu end -->
<!-- profile Start -->
<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>１９８３年１０月１７日　２４歳　三重県菰野町（こものちょう）→三重県鼓ヶ浦小学校→三重県鼓ヶ浦中学校→三重県津東高校→立命館大学経済学部経済学科ファイナンスインスティチュート→在学中休学してカナダ、バンクーバーへ留学→帰国→滋賀県でアルバイト生活→カナダ、ウィンザーへ再留学→大阪で就職活動→　年の９月～某コンサルティング会社に就職予定<span class="orange">【星座】</span>天秤座<span class="orange">【血液型】</span>A型<span class="orange">【家族構成】</span>父、母、妹、犬<span class="orange">【趣味】</span>読書<span class="orange">【好きな食べ物】</span>ケーキ全般　特にミルフィーユ<span class="orange">【嫌いな食べ物】</span>特になし<span class="orange">【お気に入りスポット】</span>ブックオフ<span class="orange">【尊敬する人】</span>会う人すべてにリスペクト<span class="orange">【座右の銘】</span>「何もしないことが一番のリスク」<span class="orange">【好きなタイプ】</span>人の価値観を理解してくれようとする人<span class="orange">【嫌いなタイプ】</span>自分の価値観を押し付けようとする人<span class="orange">【子供のころの夢】</span>漫画家、バスケットボールの選手、社長<br /><br />


<span class="orange">【エゾメの活動告知】</span><br />
５月３０日、６月１日です！ 今回は限定１２組です！ 
多数の応募お待ちしています。<br /> 
宛先は <a href=mailto:mail@creativeshowcase-r.com >mail@creativeshowcase-r.com </a> <br />
又は管理人まで直接メッセージ下さい。 同時に質問等々も受け付けますので気軽にどうぞ！ 尚、応募多数の場合は抽選になります。 



</div>
<!-- profile end -->
]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/05/post_75.html</link>
         <guid>http://www.futsunohito.net/2008/05/post_75.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 25 May 2008 11:50:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>諦めるために　やってきました</title>
         <description><![CDATA[<img alt="mainImg075.jpg" src="http://www.futsunohito.net/mainImg075.jpg" width="572" height="252" />



<p class="mtx margin">「編集者を諦めるためにきました」。<br /><br />

某出版社が開講している<a href="http://www.sendenkaigi.com/kyoiku/editor/">「編集者・ライター養成講座」</a>で、参加理由に彼が述べた言葉だ。末吉広毅さん（31）が最初に正社員として就職できたのは28歳のとき、150社もの会社を受けた末に入った新聞社だった。<strong>（文責：吉田直人）</strong><br /><br />

新聞記者の男と、編集者の女が出会い、結婚して生まれたのが彼だった。母親は出産後、少ししたら仕事に戻るつもりでいた。しかし、生まれてきた子どもは身体が弱く、とてもそんな余裕はなかった。父親の仕事は転勤をくり返さなければならない大変なもので、末吉さん自身11回もの引っ越しを経験している。転校続きの子ども時代というと、友達もできず暗いものを想像してしまうが、彼は転校するたびに肌の合いそうな友達を自然に見つけることができるようになっていた。<br /><br />

末吉さん高校一年生の冬、そんな引っ越し生活もようやく終わりを迎える。父親の仕事も落ち着き、東京へ返ってこられることになった。今まで、転勤生活だったため、心機一転して東京の家をリフォームしようということになる。このことが彼の長い長い戦いの日々の始まりだとは、このときは誰も知る由もなかった。<br /><br />

<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9">「シックハウス症候群」</a>。<br /><br />

文字通り、頭のてっぺんから爪の先までアトピー性の湿疹、皮膚炎ができた。かゆみや痛みに耐える生活。休まる瞬間もない。当然勉強は困難になった。「歴史は好きだったし、暗記でなんとかなる科目は大丈夫だったのだけれど、集中して思考することができなかったから、数学のように思考が必要な教科がまったくできなくなってしまった。みごとに０点をとってしまいました」。体を動かすことは好きだったが、汗をかけないために、体育もできなくなった。「それでも学校が嫌いではなかったので通っていました」。<br /><br />

両親はメディアの人間だったので、情報だけは集まってくる。「どこどこの、○○が効くぞ」と、症状に効きそうなものがあれば、片っ端から試した。「“どうすればいいか”って考えたとき、親は一生懸命耐えているかんじで、相談できなかった」。二年浪人をして大学に進学、末吉さんの体に合う薬が出たのが26歳のときだという。「それまでは、とくに症状がよくなることはありませんでしたね」。受験を乗り越えた努力、学生時代の大変さは察して余りある。<br /><br />

薬が効き、体調が落ち着いてきて仕事ができるようになった。書店でアルバイトをしながら、辛抱強く続けていた就職活動の末、冒頭に書いた新聞社への就職となる。<br /><br />

「来月抜けた３００万くらいの広告とってきて」。会社側は、どういうわけか末吉さんのことを“出版社で営業経験のある人材”と思い込んでいたらしかった。もちろんそんな経験のない末吉さんは苦労した。「向こうも新人を育てる余裕なんてないところだったから…」。それでも彼は努力し、入社の半年後についに広告をとることに成功。しかし、そこで退社する。ようやく広告もとれるようになったところでもったいないと引き止められもしたが、彼はストレスで食べ物が喉を通らないようになってしまっていたため、やむなく退社したのだった。<br /><br />

一つの困難がおさまると次の困難がやってくる。人生とは残酷な喜劇映画みたいだ。“覆水盆に返らず”それが末吉さんを支えた言葉だった。「そのときそのとき、できることをやっていこうと思ってきました」。末吉さんだけじゃない。生きていれば皆それぞれつらい経験も、うまくいかなかったこともある。ただ、彼の経験から、考え方から学ぶべきものがある。それは、彼は一度たりともなげやりになっていないというところだ。<br /><br />

転校が続いてもすぐに友達をつくり、アトピーがつらくても学校は休まず、かゆみや痛みと戦いながら浪人しても自分の好きな史学地理学科へ入った。就職活動でも“働ければどこでもいい”と思って適当に受けたわけではない。「両親の影響もあるとは思いますが、本も新聞もよく読んできていて、自分は比較的記者に向いているかと考えた。二浪していて病気持ちだったし、ほかの業界よりはそういうところに寛大な業界なので」と戦略的だ。<br /><br />

先に述べた理由で新聞社を辞めた末吉さんは「業界や仕事の知識が足りないことが問題かもしれない」と「編集・ライター講座」を受講した。「編集者を諦めるためにきました」というのは“やれることはすべてやらないと諦めはつかない”といいう気持ちの表れだろう。決して逃げ腰の台詞ではない。<br /><br />

“やりたいことをやる”ということにおいて、どうしようもないことはあるだろう。仕方ない。しかし、自分でできることの範囲において妥協の入り込む余地なんて、本当はきっとないんだ。<br /><br />

末吉さんは現在、書店に勤務している。「自分の裁量でできる部分が多い。“これは売れるな”“売りたいな”と思う本の並べ方や見せ方の工夫をして売ることができる。感度さえよければブームだって作れるかもしれない。そういうところが書店の仕事のおもしろいところですね。ただ、全然もうかりません」と笑う。仕事の内容には満足しているが、給料は手取りで１０万を切ることもあるという。今後、ずっと勤めていくにはまだまだ不安はある。<br /><br />

「“情けは人の為ならず”ということだけは信じたい。自分がつらいときでも、たとえちょっとずつでも、人の為に何かをすると、必ず人は見ていて、自分のことも助けてくれるものです」。


</p>
<p class="fl mtx">
自分が困ったときだけ人を頼って、あとは知らん顔ではいけない。人間同士の関わりというのは、使い古された言葉だけれど“助け合い”なのだ。「自分がつらいときでも…ちょっとだけでも…」。簡単なことじゃないが、簡単じゃないからこそ、その行為はとても尊い。<br /><br />

「本はある程度読んできたので、今までの経験を還元していきたい。自分と同じような症状などで悩んだり、困っている人たちに読んでもらえるようなものとか。ただ、「闘病記」的なものはつらくて読めない、と思ってしまうことが多いので、あくまで体験をモチーフにしたファンタジーを書いてみたい」。
</p>

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<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><p class="mtx clear"><span class="bold"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/419891477X?ie=UTF8&tag=futsunohitone-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=419891477X"><img alt="519RAXJVZ8L._SL500_AA240_.jpg" src="http://www.futsunohito.net/519RAXJVZ8L._SL500_AA240_.jpg" width="80" height="114" />












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<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/419891477X?ie=UTF8&tag=futsunohitone-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=419891477X">人間臨終図巻</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=futsunohitone-22&l=as2&o=9&a=419891477X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br />
<span class="bold">（徳間書店）</span><br /></p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">誰もが知っているような有名人でも「どんな死に方をしているか」は知らないことが多い。様々な人の臨終のエピソードが載っているので、中には自分の気持ちにひっかかる話もあって興味深い一冊。



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<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>1976年10月14日生　長野県長野市出身　東京都調布市在住　横浜市立中丸小…新潟市立白立小→新潟大学附属新潟中…府中市立浅間中→東京都立神代高→明治大学文学部史学地理学科日本史学専攻→書店アルバイト→新聞社勤務→書店員<span class="orange">【星座】</span>天秤座<span class="orange">【血液型】</span>B型<span class="orange">【家族構成】</span>父母弟<span class="orange">【趣味】</span>本屋、街めぐり<span class="orange">【お気に入りスポット】</span><a href="http://www.ohraido.com/index_n.cgi">往来堂書店</a>（文京区千駄木）<span class="orange">【好きなタイプ】</span>すなおで裏がない人<span class="orange">【嫌いなタイプ】</span>裏表がある人<span class="orange">【購読している雑誌】</span><a href="http://rekigun.net/">「歴史群像」</a>（学習研究社）<span class="orange">【座右の銘】</span>覆水盆に返らず<span class="orange">【子どものころの夢】</span>警察官



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]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/05/post_72.html</link>
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         <pubDate>Sun, 18 May 2008 15:33:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>がむしゃらに 大切なものを求め</title>
         <description><![CDATA[<img alt="外国人モデルエージェンシー　加藤友也さん　カナダ" src="http://www.futsunohito.net/mainImg074.jpg" width="572" height="252" />


<p class="mtx margin">

10年間、トラックの運転手をしていた。毎日、何に対しても満足できなかった。その頃、４年間付き合っていた彼女にも振られた。自分の居場所というものがなかなか見つからなかった。彼が見つけた自分の居場所－それはカナダだった。「自分の人生が１８０度変わった」。そう話すのは現在、外国人モデルエージェンシーでマネージャーとして働いている加藤友也さん（32）だ。<strong>（文責：須藤エナ）</strong><br /><br />
得意の英語を生かし、翻訳をする。出版関係者やカメラマン、スタイリストと一緒に働き、時にはコレクション会場に出向き、ショーでの華やかさをじかに感じる。「モデルと一緒になって一つの作品を作りあげることは大変だけど毎日が刺激的」。大好きなファッションに囲まれ、流行の最先端にいる。だが将来、加藤さんはこの刺激的な生活よりも、居場所を見つけた大好きな人たちが暮らすカナダに戻りたいという。<br /><br />
カナダでの生活は苦労の連続だった。<br /><br />
アジア人の自分が白人社会に入ることがどれほど大変だったか痛いほど感じた。溶け込めるまでには孤独との戦いだった。英語も全然話せなかった。それでもカナダに行く前に決めていたことを守ろうとあがいた。「仕事をするなら絶対に日本でも働ける環境は嫌。日本人がいない所でどうやって自分が働けるのか知りたかった」。<br /><br />
ここまで自分を追い込んだのはカナダ行きを決めた理由の一つに「自分探しの旅」も兼ねていたからだ。目的も無くダラダラと過ごしていた運転手生活を変えたかった。人に何でもいいから認められたかった。<br /><br />
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%AA%E3%83%87%E3%83%BC">ワーキング・ホリデー</a>で渡航する日本人の多くは最初、２～３ヶ月は語学学校に通い、英語のスキルを上げる。その後、仕事探しを開始する人が大半だが加藤さんはその逆だった。「お金がそんなにあったわけじゃなかったのでまずは生活費を稼ぐことを優先した」。<br /><br />
仕事探しの方法は自分の履歴書を持って店に配るという古典的なもの。目に留まれば働けるが、連絡がない場合は日本で言う書類落ちになる。現状は厳しく、<a href="http://www.redrobin.com/">Ｒｅｄ　Ｒｏｂｉｎ（レッドロビン）</a>というアメリカとカナダに展開しているファーストフード店に履歴書を持っていったが、４回も断られるはめになる。しかし、相手にされなくてもめげず、「連絡をくれないなら」と、自分から出向いていって、なんとか面接までこぎつけた。<br /><br />
しかし、待っても電話がかかってこなかったため、自ら来店し、店のマネージャーに直接会った。世間話の後に「ここで働くには英語が話せないといけない。ミーティングもしなければならない」と痛い現実を突きつけられた。<br /><br />
それでもひるまなかった。「働けるなら何でもします。僕は片道のチケットしか持っていないし、ここで働かないと生活出来ないから何でもする」と不慣れな英語で一生懸命伝えた。その熱意が伝わったのか、入店することになったが、やはり言葉の壁に苦しんだ。<br /><br />

そんな状況を変えてくれたのは職場のムードメーカーのグエンだった。「誰も話しかけてくれない中、僕に挨拶してくれたしたくさん英語を教えてくれた」。そして店のスタッフに「ユーヤは面白い奴だぞ」と紹介してくれた。<br /><br />
次第に仲間として認められるようになり、友達もたくさん出来るようになった。一軒家を借りての共同生活やハウスパーティー。好きな音楽と気の置けない仲間に囲まれた生活は毎日がパラダイスだった。しかし、楽しい生活が１年も続くと今度は逆に日本に帰国する不安のほうが大きくなっていく。「ここで築き上げた環境や空気感を失うのが怖かった」。<br /><br />
それでも彼に帰国を決意させたのは金銭面の問題と日本でも自分を伸ばせる環境があるかもしれないという思いだった。<br /><br />
最近では、「帰国して良かった」と思えるようになった。「現在の会社では学ぶことも多いし、視野が広がった。不安や不満はどこにいてもあるけれど色々な人に感謝出来るようになった」と大好きなファッションや雑誌に囲まれ忙しい毎日を送っている。また、今年でカナダを離れて２年の月日が流れようとしているが、相変わらず当時の仲間との関係も良好に続いているという。




</p>
<p class="fl mtx">「何かに対して一生懸命に頑張ると自信に繋がるということがわかった」と海外生活を振り返り、ひと回り成長した彼は素敵な笑顔を見せてくれた。加藤さんは人情深く、貪欲な人だと思う。「世間では僕の年では結婚して子どもがいるのが当たり前かもしれないけれど、僕は結婚にも興味がないし、そもそも結婚している自分も想像つかない。僕の考える“ふつう”はもう一度、カナダに戻って大好きな人に囲まれること」。<br /><br />

なんとも自由な人だ。でも彼には漲るパワーと人を惹きつける魅力がある。加藤さんのメガネの奥にある瞳は、将来、自分が住むべき居場所をきちんと見据えているからか、眩しく輝いているようにみえた。



</p>
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<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><img alt="メガネ" src="http://www.futsunohito.net/ss-200609231424191898.jpg" width="80" height="114" />




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<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold">メガネ</span><br /></p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">すごく負けず嫌いで気が強いけど実はシャイで臆病な性格。メガネをしているとそれが和らぐ気がするし、素になれる。最初はお洒落として身に付けたが今は自分のトレードマークになっていると思う。<br /><br /><br />






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</div>


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<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>1976年３月３日　32歳　愛知県安城市生まれ→同市内小学校→同市内中学校→同市内高校→運送会社勤務（10年間）→WHでカナダ、バンクーバーへ→帰国→外国人モデルエージェンシー勤務<span class="orange">【星座】</span>魚座<span class="orange">【血液型】</span>B型<span class="orange">【家族構成】</span>祖母、父、母、弟２人、犬<span class="orange">【趣味】</span>旅行<span class="orange">【好きな食べ物】</span>ハンバーグ<span class="orange">【嫌いな食べ物】</span>特になし<span class="orange">【お気に入りスポット】</span>カナダのホワイトパインビーチ<span class="orange">【尊敬する人】</span><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8E">クエンティン・タランティーノ</a>（Quentin Tarantino）<span class="orange">【座右の銘】</span>「Go with the flow（＝時の流れに身を任せて）」<span class="orange">【好きなタイプ】</span>人に頼りすぎない人<span class="orange">【嫌いなタイプ】</span>争いごとが好きな人<span class="orange">【子どもの頃の夢】</span>コックさん</p>
</div>
<!-- profile end -->]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/05/_10_1.html</link>
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         <pubDate>Fri, 09 May 2008 20:05:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>イベント“ポトラッチ”</title>
         <description><![CDATA[<img alt="ポトラッチ　イベント　nakano f　東京ふつうの人新聞" src="http://www.futsunohito.net/mainImpotoracchi.jpg" width="572" height="252" />



<strong><div id="staffIndex">交換不可能な“価値”を求めて<h2 class="lead2"> </h2></strong>

<p class="mtx margin">

先月29日に<a href="http://nakanof.jp">nakano f</a>で開催したイベント“ポトラッチ”は、予想を上回る約80人の人出で賑わい、大盛況のうちに幕を閉じました。ご来場くださった方や、いつも応援してくださっている読者の方に、あらためてお礼申し上げます。本当にありがとうごございました。<br /><br />

さて、無料飲食＆ライブという資本主義社会に逆行したコンセプトで開催した“ポトラッチ”ですが、名前は北太平洋沿岸のネイティブ・アメリカンによって行われていた贈与の儀式から拝借しました。対価交換が基本の現代において、 “贈与”にこだわるということは、ある意味で実験的なことでもあり、「その結果、何が生じたのか」と問われれば、現時点では明確な答えを提示するこができません。<br /><br />

ただ、一つ言えることは、世の中にある全てのものが対価交換できるものではないということです。人と人との関係で言えば、同じ出会いでもその人ごとによって価値が違いますし、その結果、どんな対価が支払われるかも、人によって異なります。今回のイベントでの出会いが、皆さんの人生において、交換不可能な価値を持つものに発展することを願うばかりです。<br /><br />
</p>

</div>


<strong><div id="staffIndex">“ふつう”とは何か <h2 class="lead2"> </h2></strong>

<p class="mtx margin">

また、我々が普段使っている“ふつう”という言葉も、人によって様々な解釈の仕方があり、必ずしも等価値なものとして扱えるものではないようです。<br /><br />

イベント当日に配布したアンケートの結果を見ても、“ふつうの人”という言葉の捉え方が、人それぞれ違うということが分かります。ある男性俳優（26）は「リスクを避けて生きる人」と回答されましたが、取材を依頼する時にも、“ふつう”という言葉が引っ掛かる方がいるようです。“ふつう”の壁を打ち破るべく、夢に向って邁進している方なら、そう思うのが当然なのかもしれません。<br /><br />

一方、同じ質問に「不思議な魅力を出しているけど、自分じゃ気づかない人」（21歳男性・美容師）と回答するなど、“ふつうの人”という言葉を肯定的に捉えている方も、少なからずいます。「ふつうでいられる人間になることは、最も難しいことだと思う」（26歳男性・営業職）とも。<br /><br />

「現代においては、価値観の数だけ“ふつう”はあり、個人個人でその解釈にもギャップがある。つまり、誰もがマジョリティ（多数派）であり、マイノリティ（少数派）な存在になりうる」。これは当サイトのトップページに掲載されている文章ですが、あらためて“ふつう”という言葉の奥深さに気が付かされている今日この頃です。<br /><br />
</p>

</div>


<strong><div id="staffIndex">1周年、そしてこれからも･･･ <h2 class="lead2"> </h2></strong>

<p class="mtx margin">

最後になりましたが、不慣れなイベント運営で迷惑をお掛けしたことをお詫びいたします。そんな中、素敵なライブをしてくれた、<a href="http://www.geocities.jp/flash_the_toho_5fun/"> FLASHザ徒歩5分さん</a>と、<a href=" http://www.futsunohito.net/2007/10/post_46.html ">小田晃生くん</a>、ありがとうございました。FLASHさんの記事は近日公開予定です。どうぞ、ご期待ください。<br /><br />

まだまだ、スタートして１年のサイトで、改善しなければいけない点も多々ございますが、これからも「ふつうの人を再定義する」という大それた目標に挑戦していきますので、変わらぬご愛顧頂けます様、宜しくお願い申し上げます。<strong>（東京ふつうの人新聞 代表 宮崎智之）</strong>




</p>

</div>

<!-- profile end -->

]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/05/post_73.html</link>
         <guid>http://www.futsunohito.net/2008/05/post_73.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">イベント情報</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 02 May 2008 22:05:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>いっぱいの人らしさ 田園調布の妖怪</title>
         <description><![CDATA[<img alt="司法書司事務所勤務　山科勝司さん　ガムラン" src="http://www.futsunohito.net/mainImg073.jpg" width="572" height="252" />



<p class="mtx margin">「みんなが性について悩んでいる思春期にオレは頭の形で悩んでた」。確かに、山科さん（31）の頭の造形は情緒が深い。くぼんでたり、歪んでたりする。見た目は非常に妖怪っぽいと言っていいかもしれない。例えるなら「ぬらりひょん」。「ぬらり」は滑らかな様子、「ひょん」は奇妙な物や思いがけない様子を意味する。忙しい夕方時にどこからともなく家に入ってきて自分の家のように振舞うと言われている。実際に山科さんはそんな事はしないが、何か共通点を感じるチャーミングな人だ。<strong>（文責：渡辺タケシ）</strong><br /><br />

「KYって呼ばれてた時期があった。オレはイニシャルが山科（Y）勝司（K）だから単にイニシャルで呼ばれてるのかと思ってたけど、流行語大賞を見てびっくりした」。山科さんは司法書士事務所に転職したばかり。仕事の傍らインドネシア民族音楽<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%83%B3">ガムラン</a>のアシスタント講師もしている。この現状までの職歴は荒れている。造園会社に3年勤めた後は会社を転々とする。「興味深い社名だったから」と言って入社し１ヶ月で退職した会社もある。本人曰く「タイミングが悪い、とか、間が読めない、とかよく言われてた」。<br /><br />
長崎県長崎市にて生まれる。造船所で栄える街だ。港には何艘のも大きな船舶が停泊する。そんな街で山科さんは海と船を通り越して音楽という文化に魅せられてしまった。「小学校の時にF１の中継で<a href=" http://ja.wikipedia.org/wiki/T-SQUARE">T-SQUARE</a> や<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%9A%E3%82%A2_%28%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%29">カシオペア</a>（ジャンルでいうと<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3_%28%E9%9F%B3%E6%A5%BD%29">フュージョン</a>）に興味を持った」。10歳の時にCDレンタル屋でカシオペアと間違えて<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B3">ジョン・コルトレーン</a>のCDを手に取った時に音楽好きの道は決まってしまった。「あれが間違いだった。自分の音楽への入り口だった」。<br /><br />

音楽は少年の心を捉えた。「長崎には音楽仲間ができなかった」という。「高校では柔道部だったけど、みんなT-BOLANとかを聞いてた」。山科さんの音楽の関心はJポップの領域を超えていた。ジャズ、フージョン、ロック、テクノ、アンビエント、民族音楽。「もっと音楽を聴きたい」。大学は２浪の末に東京の大学に入学する。サークルは山下達郎、宮沢和史も属していたと言われるサークルに入る。しかし、このサークルもくせ者団体。「暗黒音楽サークルだった。マイナーで誰も見向きのしないものをみんな好んで聴いていた」。ゼミに関しても教養ゼミにて民族音楽を専攻する。まさに音楽三昧の大学生活だ。<br /><br />

卒業から７年経つが今は当時のゼミの教授の家に居候している。６畳間の壁2面がレコードに埋め尽くされた部屋だが、音楽好きにとっては天国のような部屋ではなかろうか。「人間は音楽がなくても生きていける。でも音楽を聴く余裕がない人は異常だと思う。その辺に音楽の意義があると思う。お金とか仕事だけだと人間らしさがないと思う。言葉にならないけど、その辺の境目にあるのが音楽だと思う」。<br /><br />

そんな音楽を聴く余裕とは裏腹に、タイミングや間という、解決しがたい悩みも抱えている。「直しようがないとも思ったけど、諦めたくなかった」。諦めない結果、出会ったのは易経だった。易経とは占筮に用いられる書物であり、儒教の基本テキスト五経の筆頭に挙げられる経典でもある。中国三千年の占いの知恵を体系化し組織化し、深遠な宇宙観にまで昇華させている。人生の可能性を天・沢・火・雷・風・水・山・地の８つの要素を掛け合わせた64の卦で占った。<br /><br />「２年前に偶然読んだ。人の運勢のサイクルが書いてあり、自分で察知できるようになると知って自分の中で１番だと思った」。岐路に立った時は自分で易をたてることもあるという。<br /><br />

この卦というのは一つ一つが様々な意味を含んでいる。「自分というのはどういう人間なのか占った事がある。そうしたら水風井だった。」水風井というのは水と風の要素をかけあわせた卦である。「井」は井戸であり、それは村人達が集まるところであり、水を施す場所という意味。だが、水を汲み上げる努力を忘れては井戸の水は汚れてしまう。「自分が潤うだけでなく人々の為に奉仕することを忘れてはいけない」。<br /><br />

司法書士事務所への転職は成功した転職だった。給料は前職の２倍になった。これは年齢的平均年収に至ったということ。「前の仕事はどん底だと思ってた」。この転職では易はたてなかった。「待遇も上がるし迷いはなかった」。公私ともに充実した時期に至っている感じがあるが、「井戸がきれいだって油断した隙に汚くなるもの」と慢心はない。<br /><br />

易とガムランは似ているという。それは一周してもとに戻っていく点。易の64卦もガムランの曲もぐるぐるとループする構造になっている。「いい時があって、悪い時があるもの、そういう循環している感じがいい」。ガムランは「日本にもあったらいいと思うし日本人に合っていると思う」という。その気持ちが講師としての立場にもなっている。「自分の楽しいと思う音楽を教えて楽しんでもらえたらいいと思う」。<br /><br />
「ふつうじゃないってよく言われるけど、ふつうじゃないのかな」。逆に聞かれてしまった。この新聞の趣旨は交換不可能な個人だ。「そうだよね。みんな普通じゃない、みんな面白味がある。何事に関してもわからないと言って切り捨てたりしたくない」。井戸の卦が出るはずだ。切り捨てないで続けていく、そして周りの人間に奉仕することを続けた結果が今の実りだろう。

</p>
<p class="fl mtx">
長崎出の音楽妖怪山科は、間が悪く、悩んだり、遠回りをしているところがあって、だからこそ人間臭い人だった。山科さんがふつうじゃないと言われるという事は現代人というのは多少、機械らしいところがあるくらいがふつうなのかもしれないとも感じた。<br /><br />ちなみに、最初の職場である造園屋の退職理由は「木がかわいそうで切る事に耐えられなかったから」だそう。だったら、なぜ造園屋に就職したのか。しかし、何とも優しい人だった。</p>

<!-- zayu Start -->
<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><p class="mtx clear"><span class="bold"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4022590106?ie=UTF8&tag=futsunohitone-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4022590106"><img alt="易―中国古典選" src="http://www.futsunohito.net/41J5WA3RCML._SL500_AA240_.jpg" width="80" height="120" />











</a>

</a>
</div>
<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold"><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4022590106?ie=UTF8&tag=futsunohitone-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4022590106">易―中国古典選</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=futsunohitone-22&l=as2&o=9&a=4022590106" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br />
<span class="bold">（朝日選書）</span><br /></p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">自分の運が悪かった時にすがるのは占いとか宗教だと思う。オレはたまたまこれを読んだ。



</p>
</div>
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<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>1976年8月5日生、東京都大田区田園調布在中、長崎県長崎市出身→長崎県立長崎南高等学校→明治大学政経学部経済学科→長久保造園土木（3年）→空間コンストラクション（１ヶ月）→トムガーデン（１年）→ビック測量設計（１年半）→篠原司法書士事務所<span class="orange">【星座】</span>獅子座<span class="orange">【血液型】</span>B型<span class="orange">【家族構成】</span>父・母・弟<span class="orange">【趣味】</span>音楽の演奏、鑑賞、読書<span class="orange">【好きな食べ物】</span>餅<span class="orange">【嫌いな食べ物】</span>ない<span class="orange">【お気に入りスポット】</span>目黒清水池公園<span class="orange">【尊敬する人】</span>江波戸昭<span class="orange">【座右の銘】</span>おもしろ地図を広げよう<span class="orange">【好きなタイプ】</span>あたまのいい人<span class="orange">【嫌いなタイプ】</span>善人ぶってる人<span class="orange">【子どもの頃の夢】</span>新聞記者、潜水艦乗り
<br /><br />

<span class="orange">【告知①】</span>
山科氏が参加しているガムラングループ。毎月第１第３日曜にミングーガムランという、ガムランに触れたことのない人も対象にした講座を浜松町のスタジオで開いています。また、７月にワヤンという影絵芝居の公演を予定しています。<br />

詳細、お問い合わせは、<a href="http://www.lambangsari.com">ランバンサリのＨＰ</a>で。<br /><br />

<span class="orange">【告知②】</span>
日本・インドネシア友好50周年記念事業<br /><br />

第10回記念 ガムラングループ・ランバンサリ自主公演<br />
「青銅音曲10ジャワの影絵とガムラン」<br />
ワヤン・クリ「アルジュノの饗宴～マハーバーラタより」<br /><br />

ダラン(人形遣い)：プルボ・アスモロ<br />
演奏：ガムラングループ・ランバンサリ<br /><br />

2008年 7月18日（金） 19:00開演（18:30開場／前奏曲演奏）<br />
7月19日（土） 15:00開演（14:30開場／前奏曲演奏）<br />
日暮里サニーホール<br />
入場料（全席自由）：前売 3,000円／当日 3,500円／小学生 1,000円<br /><br />

チケットお申し込み・お問い合わせ：<br />
ランバンサリ事務局　Tel&Fax: 03-5300-6361 (担当:木村) <br />
E-mail: <a href=mailto: office@lambangsari.com>office@lambangsari.com</a>



</div>
<!-- profile end -->
]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/04/post_71.html</link>
         <guid>http://www.futsunohito.net/2008/04/post_71.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 26 Apr 2008 17:36:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>趣味を脱して 美術を仕事の域に</title>
         <description><![CDATA[<img alt="黒坂嘉代さん　主婦学生" src="http://www.futsunohito.net/mainImg72.jpg" width="572" height="252" />

<p class="mtx margin">したいことが仕事になる。これって素晴らしいことだと思うと同時に、現実はそう甘くないということも聞かされている。好きなだけではダメなことも聞かされているし、嫌なことにも耐えなくてはならないと私は教え込まれてきた。「若いころはしたいことより現実に出来ることをやっていた。今はその時の埋め合わせをしているような気がする」。そう語るのは主婦学生の黒坂嘉代さん（42）、この春見事大学の美術史専攻を卒業し、美術館で収蔵保管のアルバイトをすることが決まった。「嬉しかった。学芸員の補佐のお仕事です。縁で決まったのだけど、自分から積極的に動くといろんなものがついてくる、引き寄せられると思う」。<strong>（文責：保科時彦）</strong><br /><br />
黒坂さんは自分がいわゆるふつうの学生生活を送ってきたと自認している。ピアノを習ったり、オールナイトニッポンやFMで洋楽を聴いたり、その影響で中学では英語部に入った。人前に出て目立つのがちょっと苦手な少女だったという。高校ではテニス部に入り、そこでは気の置けない仲間ができたが、逆にクラスには馴染めなかったようだ。「本当は四大に行きたかったけど、あまりに勉強しなかった。短大の方が就職に有利というのもあって短大に進学した」という。短大の縮小、閉鎖が続いている昨今の事情からするとピンとこないが、当時は安定志向の女子高生が短大に入学し、四大の女子学生は就職に際してやや不利だった。「バブルちょっと前で女子大生ブームだった。合コンにも行ったことがあったけど、全然合わなかった」。英語サークルで知り合った彼氏とデートして日々を過ごし、バイトで塾の講師をする。健康的なふつうの生活。<br /><br />
「お給料が多くて、お休みが多いから」という理由で損保に就職。「趣味的なことを仕事にしようとは思わなかったです。それよりも待遇を選びました。好きなことは余暇でしようと思っていました」。世はバブルの絶頂期。「恩恵は受けていない。仕事が増えて残業が多かった」とは言うが、やはりポストバブルジェネレーションとは全く異質の熱気があったのは確かなようだ。<br /><br />ポスバブ世代で「安定」を勝ち得るのはごく一部のエリートとなり、大部分は“不安定で、かつ望まない仕事でそこそこ稼ぐ”か“かなり不安定で、かなり薄給だが希望する仕事をする”かの選択を余儀なくされたような観がある。モテル男子の条件が3高（高身長、高学歴、高収入）から最近は３低（低姿勢、低リスク、低拘束）へと変化したとかしてないとか。それはともかく、このころ<a href=" http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%87%E7%94%A8%E3%81%AE%E5%88%86%E9%87%8E%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%94%B7%E5%A5%B3%E3%81%AE%E5%9D%87%E7%AD%89%E3%81%AA%E6%A9%9F%E4%BC%9A%E5%8F%8A%E3%81%B3%E5%BE%85%E9%81%87%E3%81%AE%E7%A2%BA%E4%BF%9D%E7%AD%89%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B3%95%E5%BE%8B">男女雇用機会均等法</a>が制定される（１９８５年）など、女性の社会進出が進んだ時代だったらしい。<br /><br />
バブル崩壊直後の92年、27歳で同僚と結婚し寿退社をする。「（バブル崩壊の影響もなく）山も谷もなく比較的安定していた」というから、またまた羨ましい。「結婚願望はなかったけど、あるとき自分が30歳になっているところを想像したら、結婚した方がいいのかなと思いました。主人の結婚願望が強かったし、この人ならいいかなと思った。年齢的なタイミングが合ったのもあります。それでも結婚後も働いていいという条件を承諾させました」。<br /><br />
こうして客観的には理想的な形で主婦業に突入する黒坂さん。「働くのが好きなので、仕事は辞めたくなかったけど、同じ職場は主人が望まなかったし、主人の転勤が多いのもあって、扶養の範囲内で働いていました。専業主婦は退屈だというイメージがあったし、社会性を身に付けたかったのもあります。人間的に成長できる機会でもあるでしょう」。労働は疎外であると同時に解放でもある。仕事に自分を支配されると同時に、それによって自己実現を達成するということだ。<br /><br />
ニューヨークや香港に赴任していたときは、仕事は出来ないので駐在妻として日本人クラブに行くことが多かったようだ。「ニューヨークで現代美術に惹かれました。香港では閉塞感もありましたけど、ホームシックにかかったりすることはありませんでした。ダンスを習ったり、大学の語学講座で北京語を習ったり日本人以外の人とも友達になりました。アジアは日本に近いとも感じましたし、違いとしては、日本は空気を読む国なんだと思います。香港は個人主義なので、主体が自分。それに影響されて買い物でもふつうに値切れるようになりました」。<br /><br />
そして黒坂さんは36歳にして香港から帰国、今まで派遣で仕事をしてきたけど、派遣では将来が見えないと感じてきたそうだ。「働くのにこだわるのはどうかと思い始めました。主人の病気を目の当たりにしたのもあって、健康だったら通えるうちに、通える距離に住んでいるうちに大学に行こうと思いました。美術の知識があると人生豊かになると思って、念願だった４大を受けることを決意したのです」。ご主人も応援してくれ、お金は折半することになったという。<br /><br />黒坂さんは当時いわゆるDINKS（ダブル・インカム・ノー・キッズ。収入は夫婦ともにあり、子どもがいない世帯）、先立つものはある。あとは決断だけだ。しかもカルチャーセンターではなく大学を選んだ。やはり本格的に勉強したい、趣味の域を脱したいと思ったからだろうか。「自分が10年後にしていたいなと思うことのために、今やらなきゃいけないことをしないといけない。10年後に後悔するような今は送りたくないんです。今更なんて思わないで、やれるならやっておこうと思います。大学では自分だけ（年齢的に）異質だって感覚は常にあって、それと闘いながら勉強してきました。これからは院の進学も考えています」。<br /><br />
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9">マティス</a>の強烈な色彩感覚に魅せられて、卒論はマティスで書いたが、自分では作品を創ろうとは思わないという。「自分はふつうの人だと思う。ふつうの人はいないと思うけど、ふつうでない部分があまり表にでない人がふつうなのでは」。<br /><br />
今黒坂さんの研究は趣味から仕事へと変わる過渡期にある。それ自体は素敵なことだと思う。しかしふとこうも思う。アートとはそもそも、仕事だったのだろうか、それとも趣味だったのだろうか。つまり、アートとは商品なのか作品なのかの違いを私は問いたい。当然ここには明確な境はない。



</p>
<p class="fl mtx">昨今（？）自己満足や趣味を仕事と比して何か一段下のものとして蔑視する傾向がある。しかし、モディリアーニやユトリロが客に買ってもらうために絵を描いていたのだろうか。誰に認めてもらわなくてもよいと思って作ったものに、死後たまたま高い値が付いたものは多い。<br /><br />アートは常に価値の本質を私たちに問い続けているように思えてならない。

</p>
<!-- zayu Start -->
<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><img alt="自宅" src="http://www.futsunohito.net/00023529_T.jpg" width="80" height="114" />



</a>

</a>
</div>
<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold">自宅</span><br /></p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">一番寛げる場所、社宅なので概観は好きじゃない。掃除した後の部屋。夏涼しくて冬暖かい



</p>
</div>


<!-- zayu end -->
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<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>1965年7月13日生まれ　愛知県蒲郡市生まれ　東京都江東区育ち　茨城県つくばみらい市在住　江東区立臨海小→同区立深川第三中→都立城東高→文教大学女子短期学部英語英文科→損保会社→結婚・寿退社→派遣など→ニューヨーク滞在→香港滞在→学習院大学文学部哲学科美学美術史専攻3年次編入→卒業<span class="orange">【星座】</span>かに座<span class="orange">【血液型】</span>B型<span class="orange">【家族構成】</span>夫<span class="orange">【趣味】</span>美術鑑賞、勉強<span class="orange">【好きな食べ物】</span>牡蠣、カニ、えび、うに<span class="orange">【嫌いな食べ物】</span>ない<span class="orange">【お気に入りスポット】</span>自宅<span class="orange">【尊敬する人】</span>マザーテレサ、香港時代の友人<span class="orange">【座右の銘】</span>その時を楽しむ（どんな環境でもそれを受け入れるという意）<span class="orange">【好きなタイプ】</span>クリント・イーストウッド、哀愁があり酸いも甘いも経験した懐の広い人<span class="orange">【嫌いなタイプ】</span>自分が自分が……という人。謙虚な気持ちがない人<span class="orange">【子どもの頃の夢】</span>保育士</p>
</div>
<!-- profile end -->]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/04/post_69.html</link>
         <guid>http://www.futsunohito.net/2008/04/post_69.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 19 Apr 2008 11:35:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>１周年記念 日ごろの感謝を込めて</title>
         <description><![CDATA[

<div id="staffIndex">
<h2 class="lead2">１周年記念　日ごろの感謝を込めて</h2><br />

<p class="mtx margin">
“ふつう”に　感謝いたします。<br /><br />

<span class="bold">「普通 ①ひろく一般に通ずること。②どこにでも見受けられるようなものであること。なみ。いっぱん」（出展『広辞苑』）</span><br /><br />

川上美映子の小説『乳と卵』の中で、電子辞書を使って次々と言葉を調べていくシーンがあるが、普段、当たり前のように使っている言葉も、改めて辞書で調べたり、別の角度から眺めると興味深いものになる。自分の“無意識の中の意識”に気がつくからかもしれない。<br /><br />

それは、「東京ふつの人新聞」の「ふつう」という言葉も例外ではない。<br /><br />

そもそも「ふつう」って、プラスの言葉？　マイナスの言葉？<br /><br />

「あの人“ふつう”にかっこいいじゃん」。<br />
この「ふつう」とはどういう意味か？　辞書の意味を参考に文脈から考えてみよう。<br /><br />

（例文）A子は先日、同じ会社の営業のKさんに食事に誘われた。食事のあとで夜景がきれいに見える、値段も標高もむだに高いホテルのバーで一杯1000円以上もするカクテルをチビチビ飲んでいるときに告白されたらしい。それを目の前でランチのオムライスにがっついているB子（彼氏なし）に「全然たいした話じゃないんだけどさ…」という前置きで語った。それを聞いた、口のまわり真っ赤にさせたB子がはいたのが上記のセリフ。<br /><br />

もしも、①の意味なら「“ひろく一般に通ずる”的にかっこいい」の意味、つまり「だれがどう見てもかっこいい」これはかなりかっこいい。オーランド・ブルームとかヴィンセント・ギャロのレベルだ。これに対して②なら、「どこにでも見受けられる程度にはかっこいい」の意味、つまり「よくいる顔だけど、まぁ…キモくはないし。ありっちゃ、ありだね」ということ。よくも悪くもない。Ａ子が告白されても驚かない。事件性なし。「オムライスのほかにケーキも食べようかしら…」っていう気分なのである。<br /><br />

前置きが長くなったが、ここに「ふつう」という言葉の面白さと特殊性がある。<br />
広辞苑にもあるように。“ふつう”とは“なみ”のことで、「松竹梅」なら「竹」、よくも悪くもないポジション。曖昧なのだ。この一年間、出会う人、出会う人に「東京ふつうの人新聞です」と馬鹿みたいに繰り返してきたが、“ふつうの人”という言葉に対する反応は、ざっくばらんに言って二種類「俺は“ふつう”じゃねーし。」か「あはは、あたしは“ふつう”よ」。<br /><br />

弊紙の“ふつうの人”の当初の基準はただ単に“現在メディアを賑わせているような有名人じゃない人”を取り上げたいってことだった。<br /><br />

「“なみ”な能力、容姿、所得、暮らしをしている人を取材しようと試みてきたわけではないのだが、“ふつうの人”という言葉は過剰に受け取られることもしばしばあった。<br /><br />

取材を進めていくうちに、現代社会では、その“有名じゃない人”という線引きも困難になってきたことに気づかされる。インターネットなどの情報技術、メディアの発展。アイドルもサークルの先輩も同じようにブログを更新し、自分の作った音楽や、映像もweb上で誰でも簡単に公開できる。広告業界は雑誌や新聞よりもwebを注目しているほど影響力がある時代。<br /><br />

話がそれてしまったけれど、価値観が多様化し、それぞれが認められている現代社会においては「何が“ふつう”で何が“ふつうではない”かの判断はつきにくい。言い換えれば誰もが“ふつうの人”で、同時に“ふつうでない人”でもあり得る。<br /><br />

こうして、我々「東京ふつうの人新聞」には“現代における、「ふつうの人」を再定義” という新しい目標も生まれた。そもそも、「有名人」だって「ふつうの人」の一人なのです。人前にいないときは全然違う姿がある。どんな人間でも、日々の暮らしの中、様々な価値観の中を生きているものだから。「ドラゴンボール」の孫悟空だって、年中スーパーサイヤ人なわけじゃない。<br /><br />

もう、有名も無名も関係ないのかもしれない。まだあまり知られていないけれど、素敵な活動をしている人とか、あることでは有名なあの人のあまり知られていない一面だとか…。<br /><br />

「東京ふつうの人新聞」は今後も、そんな“ふつうの人”たちの話に耳を傾けて、それぞれの“特別”を発見し、伝えていきたいと思う。<br /><br />

A子は今までどんな恋愛をしてきたのだろう？　B子はただ食いしん坊なだけでないかもしれない。音大卒で、平日は会社に勤め、土日は近所の子供たちにピアノを教えていたり…。<br /><br />

駅で見かける人、街ですれ違う人、聞けそうで聞けない、“ふつうの人”の物語をすべての“ふつうの人たち”へ。どうか、人生の交差点で会いましょう。１周年の感謝の言葉に代えて。<span class="bold">（ライター 吉田直人）</span> <br /><br /><br />


<h2 class="lead2"> イベント　ポトラッチを開催します</h2><br />

<p class="mtx margin">
一周年の記念と、ご協力していただいた皆さまへの感謝をこめて今月末にイベントを行います。<br /><br />
今回は手前どもの都合により、今まで取材に協力していただいた方たちに限らせていただいていますが、「東京ふつうの人新聞」の信念定期的にイベントも行っております。“出会いとつながり”が一番の宝。イベントは今後も告知していきますので、皆さまの参加お待ちしております。



</p>

</div>
]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/04/post_70.html</link>
         <guid>http://www.futsunohito.net/2008/04/post_70.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">イベント情報</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 12 Apr 2008 17:11:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>わんぱくでもいい そして普通でいい</title>
         <description><![CDATA[<img alt="赤ん坊　渡辺綾音さん" src="http://www.futsunohito.net/mainImg071.jpg" width="572" height="252" />

<p class="mtx margin">最近、ハイハイを覚えたばかりだ。それ以前は寝てばかりだったので後頭部には髪が生えていない部分がある。性別は女の子。赤ん坊は一歩一歩、その世界を広げていく。ハイハイによって最近の綾音さん（0歳7ヶ月）の行動範囲はベッドから部屋全体に広がった。これから、歩き、走り、自転車に乗り、車に乗り、飛行機に乗り、もしかしたら、宇宙船にも乗れるのかもしれない。無限の行動範囲の可能性を持つ彼女の父母は彼女を17歳の時に生んだ。去年の8月だった。<strong>（文責：渡辺タケシ）</strong><br /><br />
東京都幼小中高心障性教育研究会の2002年“児童生徒の性意識・性行動調査”では性交経験率は高一女子25.5％、高二女子40.9％、高三女子45.6％、また、高一男子24.8％、高二男子33.2％、高三男子37.3％だ。また、現在、日本の10代の出産は年間16000人～21000人、10代の中絶は30000件だという。中高生の性の乱れへの嘆きは様々なメディアから聞く事が出来る。今回の出産も“乱れ”の結果と言われても仕様がないだろう。家族からしてみればテロみたいなものだ。二人だけで解決できる問題では当然なかった。<br /><br />
父母ともに同じ高校の同窓だった。二人は高校の委員会を同じくする事で親しくなる。2007年1月、妊娠が発覚した。両家の家族を含めた家族会議の結果、本人たちの「産みたい」という強い希望を尊重し、家族は全面的にサポートする形で出産にこぎつけた。当然、母親は高校を中退する結果になった。お腹が大きくなった状況では学校に通えない。父親は、今後の収入面を考えて、せめて高校だけは卒業させるという方針のもと高校通学を継続。妊娠、出産が学校に知れた場合、通学、また卒業が危ぶまれるという配慮で、学校、また、生活地域には事実がなるべくもれないように心がけた。<br /><br />
この春めでたく父親は高校を卒業した。卒業までの間、母親は母方の実家で暮らし、出産後のベビーカーの散歩は幼児を隠すように外出し、父親の方も実家で暮らし、母親の家に行く時は両親の車の後部座席で毛布を被っていた。父親は今後、夜間の大学に通いつつ昼間に仕事をし、家計を支えていく考えだ。<br /><br />
出産年齢は遅くなる傾向にある。90年代は20代の出産が多かったが、2000年代に入ると30代の出産が20代の出産を追い越している（※）。理由は様々あるようだが、一番は経済的なものに落ち着くと思う。一番支出の多い教育費を含め、生活費全般を子どもが独り立ちするまで試算すると2000万円ほどかかるという。結婚後に必要な年収は500万円〜600万円と考えている人が多い（※２）のも先立つ支出を考えてだろう。この考えを念頭に置くと出産が30代に移行するのもわかる。産みたくても産めない状況もある。上の年収も理由の一つになるだろう。体質的な面で授かることが出来ない家族もある。<br /><br />
現代の出産観からいっても綾音さんの生い立ち、というか生まれは普通ではない。ただ、中絶すること、出産すること、比べた場合、子どもが生まれるという事の方が基本的にハッピーな事だ。幸いにも支える事に前向きな姿勢を示す家族もいる。<br /><br />
もし中絶の方向をとっていたら母親の身体には、また精神にも一生消せない傷跡が残っただろう。綾音さん自身の“これから”もなかっただろう。インタビュー中、綾音さんは何度も笑ってくれた。（もちろん話せないので具体的な考えを聞く事はできません。インタビューと言い張る事をお許しください）。その笑顔は世の中で一番、楽しくて、きれいで、否定的な思いなど抱かせる余地のないものだった。<br /><br />
普通に生まれるというのはどういうことだろうか。理想的な、という風に考えれば結婚していて、安定した収入がある上でということだろう。そして、普通に育つとはどういうことだろうか。育つ、という事を考えると父親、母親も現在18歳。成長過程であり、青春をまっしぐらする年代と言ってもいいのではないだろうか。17歳での出産を体験した今、彼らは世間から普通ではないと言われる状況にあると思う。<br /><br />
だが、例えば10年後、綾音さんが10歳になり、小学校５年生になる時期に両親は28歳だ。まだまだ、人生の可能性の多くを残している年齢だと思う。その時、彼らは仕事をして、子供を育てている普通の状態に戻れるのではないだろうか。そして、二人の両親（綾音さんの祖父母）もその事を願っているのではないだろうか。<br /><br />

当然、綾音さんにしてもそうだ。生まれと育ちは関係がない、というか、関係させる必要はない。私は綾音さんが普通に育ってほしいと願う。別に特別な才能がなくても、多少、不細工になったとしても。「普通」というのは大きな寛容力を持った言葉だと思う。個性が尊重される時、普通は否定的に使われる場合もあるが、普通になれるということは誰にとっても大きな希望なのではないだろうか。


</p>
<p class="fl mtx">綾音さんの名前は母親がアヤ（綾）という言葉を使いたいという希望に音楽好きの父親がネ（音）をつける提案をして命名された。あまり深い意味はなかったとのことだが、素敵な名前だと思う。
<br /><br />
いろいろな音を聞くだろう。音は人になぞらえても、また、出来事になぞらえても、本人になぞらえてもいいと思う。様々なものが綾を作って、音が出来る。綾音さんが素敵な音になることを心から願いたい。

</p>
<!-- zayu Start -->
<div id="zayu" class="fr">
<div class="txtWithImg_fl">
<div class="fl"><img alt="アンパンマン　カタカタカスタ" src="http://www.futsunohito.net/%E5%BA%A7%E5%8F%B3%E3%81%AE%E5%93%81.jpg" width="80" height="114" />


</a>

</a>
</div>
<div class="fr"><img src="http://www.futsunohito.net/common/images/zayuTit.gif" width="156" height="22" alt="座右の品" id="zayuTit" /><p class="mtx clear"><span class="bold">カタカタカスタ</span><br />（アンパンマン）</p></div>
</div>
<br />
<p class="mtx clear">投げたり、くわえたり、振り回したりしていました。（著者談）



</p>
</div>


<!-- zayu end -->
<!-- profile Start -->
<div id="profile">
<img src="http://www.futsunohito.net/common/images/profileTit.gif" width="531" height="17" alt="プロフィール" id="profileTit"/>
<p class="stx bold"><span class="orange">【略歴】</span>2007年8月11日生、東京都在住、東京都出身<span class="orange">【星座】</span>獅子座<span class="orange">【家族構成】</span>父・母・祖父・祖母×2・叔父×4・曾祖父・曾祖母×2
<br /><br /><br />
※ 出典／厚生労働省“人口動態統計年報”
※ ２出典／オーネット“ことぶき科学情報”
</p>
</div>
<!-- profile end -->]]></description>
         <link>http://www.futsunohito.net/2008/04/post_68.html</link>
         <guid>http://www.futsunohito.net/2008/04/post_68.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 05 Apr 2008 23:40:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>エロスこそ　究極の女子力</title>
         <description><![CDATA[<img alt="広告代理店　社員　田村沙智" src="http://www.futsunohito.net/mainImg070.jpg" width="572" height="252" />


<p class="mtx margin">まぐわいたい。もう一度言おう。まぐわいたい。ありていに言おう。あなたと合体したい。それは本来人間が自然に持つ感情の一つであって、無理に抑制しようというのは自然の法則に反したものなのかもしれない。「恥じらいはある程度持った方がいいのは確かだけど、女の人が性欲を必要以上に隠すのはおかしいと思う」と語るのは田村沙智さん（26）。昨今はやりの『女性の品格』だとかトレンディな女流恋愛小説家をことごとく粉砕する潔さが彼女にはある。「私はいい意味でさっぱりしているというか、セックスに対して男子みたいな感覚なんだと思う。杉本彩とか。動物的な感覚、本能で捉えてるんだと思う」。<strong>（文責：保科時彦）</strong><br /><br />
そんな彼女も昔から今のようなセックス観を持っていたわけではない。むしろ性にはかなり抵抗感があったという。「小学校のころの文集の『将来○○になってそうな人』で“歌手”と書いてあったくらい、いつも歌ってた。口から生まれたって言われるくらい、いつも喋ってばかりいた。生まれ付いてのポジティヴな考え方の持ち主なんだけど、自分の身体にコンプレックスがあって。セックスで男の人に嫌われたくないって考えてた」。<br /><br />
そんなコンプレックスを抱えたまま19歳のころ当時の彼氏とロストヴァージン、本人的には遅いという。「その彼氏との経験で、私の感じてきたコンプレックスは特に男は気にしないんだなと分かった。その時からセックスがいいものだと思えるようになった」。<br /><br />
変わったのはセックス観だけではない。自分を取り巻く環境もこのころ急変する。父が病に倒れ、経済事情が一変する。遊びたい盛りでの大学中退を余儀なくされ、突然社会に放り出された。同級生たちが楽しそうに遊んでいるのを横目に何故自分だけ働いているんだろうと、環境を呪ったこともあったという。しかしそこは根明の彼女のこと、「一足先に社会経験を積むことができる」と考えられるようになった。<br /><br />
ところが22歳のころ本気で惚れぬいた彼氏と別れることになり、また環境が崩壊する。「とにかく好きで好きで、何度もリベンジを申し込んだけど、結局叶わなかった。そのころ会社も潰れて、もう散々。とにかくもう一切をリセッ