先月29日にnakano fで開催したイベント“ポトラッチ”は、予想を上回る約80人の人出で賑わい、大盛況のうちに幕を閉じました。ご来場くださった方や、いつも応援してくださっている読者の方に、あらためてお礼申し上げます。本当にありがとうごございました。
さて、無料飲食&ライブという資本主義社会に逆行したコンセプトで開催した“ポトラッチ”ですが、名前は北太平洋沿岸のネイティブ・アメリカンによって行われていた贈与の儀式から拝借しました。対価交換が基本の現代において、 “贈与”にこだわるということは、ある意味で実験的なことでもあり、「その結果、何が生じたのか」と問われれば、現時点では明確な答えを提示するこができません。
ただ、一つ言えることは、世の中にある全てのものが対価交換できるものではないということです。人と人との関係で言えば、同じ出会いでもその人ごとによって価値が違いますし、その結果、どんな対価が支払われるかも、人によって異なります。今回のイベントでの出会いが、皆さんの人生において、交換不可能な価値を持つものに発展することを願うばかりです。
また、我々が普段使っている“ふつう”という言葉も、人によって様々な解釈の仕方があり、必ずしも等価値なものとして扱えるものではないようです。
イベント当日に配布したアンケートの結果を見ても、“ふつうの人”という言葉の捉え方が、人それぞれ違うということが分かります。ある男性俳優(26)は「リスクを避けて生きる人」と回答されましたが、取材を依頼する時にも、“ふつう”という言葉が引っ掛かる方がいるようです。“ふつう”の壁を打ち破るべく、夢に向って邁進している方なら、そう思うのが当然なのかもしれません。
一方、同じ質問に「不思議な魅力を出しているけど、自分じゃ気づかない人」(21歳男性・美容師)と回答するなど、“ふつうの人”という言葉を肯定的に捉えている方も、少なからずいます。「ふつうでいられる人間になることは、最も難しいことだと思う」(26歳男性・営業職)とも。
「現代においては、価値観の数だけ“ふつう”はあり、個人個人でその解釈にもギャップがある。つまり、誰もがマジョリティ(多数派)であり、マイノリティ(少数派)な存在になりうる」。これは当サイトのトップページに掲載されている文章ですが、あらためて“ふつう”という言葉の奥深さに気が付かされている今日この頃です。
最後になりましたが、不慣れなイベント運営で迷惑をお掛けしたことをお詫びいたします。そんな中、素敵なライブをしてくれた、 FLASHザ徒歩5分さんと、小田晃生くん、ありがとうございました。FLASHさんの記事は近日公開予定です。どうぞ、ご期待ください。
まだまだ、スタートして1年のサイトで、改善しなければいけない点も多々ございますが、これからも「ふつうの人を再定義する」という大それた目標に挑戦していきますので、変わらぬご愛顧頂けます様、宜しくお願い申し上げます。(東京ふつうの人新聞 代表 宮崎智之)












