転職をした。ウェブディレクターとしてキャリアアップしたと言っていい。なんと、年収は1.5倍に上がったという。自宅である初台のマンションの階段からは高くそびえ立つ都庁の明かりが見える。自分の長所は「できない点を反省して改善できる」点だと言う。空にも届きそうな夜に浮かび上がる新都心のビル群と一緒に、吉田裕介(28)さんはいつも自分の改善点を冷静に見つめ、伸びようとしている。その思考の原点は何なのだろうか。(文責:渡辺タケシ)
「基本的に恐がり。幼稚園の時にビート板なしでケノビをしなくちゃいけない時があって、絶望的な気分になって泣いたのをよく覚えてる」。吉田さんは現在、ウェブコンサル会社でアシスタントディレクターをしている。臆病な幼少時代の話からは想像もつかない堂々とした仕事だと思う。持って生まれた長身に、チタンフレームのカジュアルな眼鏡、ヘルムートラングのジージャン。ちょっと業界的な臭いを感じさせる出で立ちだ。
中学時代にはテニス部に所属していた。「実力ビリ2」で入部したが、卒業の頃には「トップ2」の実力になっていたと言う。そういった成功体験に似たものをもっていても大学までは「自分は自分で何かをはじめる人間じゃなくて、自分でもそういう人間だと思ってた」。
大きく自分が変わったのは浪人の時だった。「トラウマを乗り越えた最初だった。猛烈にこれじゃ駄目だと思って、初めて自分の弱さと闘い、現実に結果を出した」。思いついてからの行動は早く、濃い。偏差値はうなぎ昇りし、明治大学商学部商学科に入学する。
だが、大学に入学しても順風満帆だったわけではない。「大学1年生の時は大学がつまらなくて仕様がなかった。それで、1年の時にタイ、カンボジアに旅に出て、2年の時にインド、ネパールに行って、そうしたらそのうちに友達が増えてきた」。
タイでは旅人から、「臆病は長所でもある。人一倍考えられるし、人の気持ちも考えられる、と言われた事がある。自分の臆病な点を短所だと思っていたけど、それを長所として考えられるようになった」。
「インドでは、ふと、ここにいる人たちはみんな自分と同じなんだ。生まれた場所や時間が違うだけで、みんな俺なんだと実感した」。もがいていたのだろう。言いようのない目の前のモヤモヤをひたすら手でかき消そうとするように。そして一つ一つ、自分の中で解決をしていった。
大学3年時から広告制作会社でデザインの仕事をはじめる。「自分がかっこいいと思うイメージを形にしたかった。」しかし、その会社では最終的に戦力外通告を出される形で解雇される。
「おまえは使えない、向いてないからこの仕事は辞めた方がいいって、ぼろくそに言われた後に社長が抱きしめてくれて、若いから大丈夫だ、なんだってできるって言われた。本当に真剣に自分のことを見てくれて、伝えてくれたと思った。愛情ってこういう事だと思ったし、親にも感じた事がない感情だった」。
向いてない、と断言された後も「作りたい」と思う気持ちが消えなかった事が今の仕事に通じている。「就職活動中にたまたまウェブ制作会社の説明会に行って、ウェブって自分のやりたい事に近いなぁ、って思った」のがウェブ業界に入るきっかけになった。その後、入社した会社を3年弱で退社、一時期フリーランスとして活動した後、現在の会社に入社する。
自分が普通だと思うかと質問すると、「あまり思わない」と、答えてくれた。「抜けているし、人と笑うタイミングとか違うと思う。小さい頃から親にも突拍子のないことをするって言われてるし、遺伝子レベルで普通じゃないんだと思う」。しかし、この自分が普通じゃないと思っている部分が自分自身への改善の原動力になっている気がする。
「人生のテーマとして、何でこんなにうまく伝わらないのか、っていうのがある」。突拍子もなくて臆病なのに「伝えたい」。そうするとなんで伝えることが怖いのかを考える。自分を臆病だと自覚している事が自分を冷静に見る原点かもしれない。
「前の彼女と付き合ってる時に奇麗なイルミネーションの中を歩いた。中高の時はモテなくて、カップルを見るとケッ、と思ってた。でも自分がその中にいると思った時は自分じゃない気がして怖かった。でも、あの時のあっち側にいるんだ、っていう満足感もあった」と言う。自分の変化に対して怖さも感じながらも許容力も持っている。
今の仕事は「ウェブサイトを作り、ウェブを作っている人の、ウェブを使っている人の、その人の周りの人のコミュニケーションの手伝いをする仕事」だと言う。コミュニケーションという部分で人生のテーマに大きく関わる仕事だと思う。
「伝えられるとっかかりが見えてきたと思う」。
「今の仕事は問題を抱えている企業の悩みを解決する仕事で、相手の事を徹底して考えなきゃいけない」。他人を思いやるということが仕事でも、プライベートでも、人生においての課題になっているようだ。
「広告制作の仕事をしている時は、どう伝えるか、で、どう伝わるかではなかった。今はそうじゃない。毎回100点中100点伝わる事は不可能だと思うけど、80点くらいは平均で伝えられるようになりたい」。
10年後の自分に聞きたい事を尋ねると「結婚してる?って聞きたい」と答えてくれた。「結婚してない38歳は嫌だな。子供は2人くらい欲しい。一緒にご飯食べて、くだらない事で笑って。人の事を考えられるような子供にしたい」。
いいお嫁さんが見つかるはず、と言いたい。そして、その子供達に、人の事を考えながら生活する事は生活する覚え書き其の一だと思う。吉田さんのように人の事を考えてくれる制作側がいる限り、私たちは安心して商品が使えるはずだ。そして、消費するだけでなく、私たちも商品を作れるはずだ。温かいコミュニケーションを用意しておくから安心して生まれてきて欲しい。
Mellon Collie and the Infinite Sadness
(The Smashing Pumpkins)
このCDがなかったら生きてなかったかもしれない。自分よりも苦しんでそうなのに生きている人がいるとわかって感動した。
【略歴】1979年8月2日生 埼玉県鳩ケ谷市出身→埼玉県鳩ヶ谷市立里中学校→埼玉県立伊奈学園総合高等学校→代々木ゼミナール大宮校→明治大学商学部商学学科→ブルーバンブー(株)→フリーランス→NRIウェブランディア(株)【星座】獅子座【血液型】AB型【家族構成】祖母・父・母・姉・弟【趣味】面白い事探し【好きな食べ物】エビピラフ、かた焼きそば、担々麺【嫌いな食べ物】キュウリ、漬け物【お気に入りスポット】タイのタオ島、パンガン島、カンボジアのシュムリアップ【尊敬する人】河合隼雄、福田清盛(浪人の時の先生)、ビリーコーガン【座右の銘】無知の知【好きなタイプ】身体の線が奇麗な人、下唇の厚い人【嫌いなタイプ】思いやりがない人、自分で考えない人【子どもの頃の夢】ゴールキーパー、漫画家












